人生を豊かにする音楽・居酒屋・旅にまつわる気ままなブログ

1月, 2005 のアーカイブ

酒とマージャンと「春の祭典」

 

大学を無事卒業して就職し晴れて社会人の仲間入りをしたわけですが、実は私、卒業式に出ていないんです。  なぜかと言うと、お恥ずかしい話、寝坊してしまって、行ったら卒業式が終わってたんですね、これが。。。

就職は、四国・高松だったので、一足先に引っ越しを済ませた私は、同じ福岡アカデミー合奏団に出演するバイオリンの西南学院大学の友人のアパートに居候していました。 二人は、大学生活最後の夜、青春を謳歌しようと、福岡の天神の屋台、中洲の飲み屋さん、そして最後は、長浜通りの元祖長浜屋の博多ラーメンでしめくくって、とことん飲み明かしたのでした。 二人とも、卒業式が同じ日だったということもあり、最後は安心して部屋でまた焼酎呑んで、最後は、「明日は、オレも卒業式にがあるっちゃけん、心配せんでよか。」という言葉に安心して電気コタツで寝たのでした。 翌日(と言うより朝まで呑んでいたので、同日の数時間後というみことになりますでしょうか。)、目が覚めたら、昼前!!! 友人をたたき起こすと、「エッ、どげんしたと? 西南(学院大学)の卒業式は午後からたい。」という返事。

もちろん、九大の卒業式は午前でした。あわてて、一張羅のスーツに着替えて、なけなしの現金をはたいて西新からタクシー飛ばして東区・箱崎の九大キャンパスに着いた時には、既に講堂の前で、多くの卒業生が後輩達から胴上げさけているところでした。どっ、どうしよう。。。折角の4年間の大学生活の締めくくりがぁ。。。

卒業証書ってどうなるんだろうと思いきや、教務部に行くと無事頂けました。今でも夢に出てくる代数学の試験の落第シーン、卒業式に堂々と出ていないで、裏口卒業みたいに後から卒業証書を取りに行ったくらいなので、余計に悪夢みたいに私に付きまとうのかもしれません。

大学4年間、本当によく呑みました。そして、よくマージャンをしました。普段の日は、毎晩のように、六本松の九大教養部の隣にある「ひさご」で音楽と人生を語り合いながら呑んでいました。そしてその後、わたしのアパートで徹夜マージャンするのです。朝方、もうろうとしながら、牌を切るのです。終わったら、昼ごろまで雑魚寝して、午後に大学生協で安い学食食って、それからサークル棟でチェロの練習を夜10時まで。そして、練習終わったら、「ひさご」でまた呑むというパターン。 そういう意味では、毎日規則正しく、不健康な生活をしていたと言えるかもしれません。

私が大学4年生の時に、福岡サンパレスという新しい音楽ホールがオープンして、その杮落としで地元九州交響楽団と札幌交響楽団の合同演奏会がありました。 合同演奏曲目は、ストラビンスキーのバレエ音楽「春の祭典」でした。(オケ仲間では、この曲を春祭=ハルサイと略します。) その前の年に、小倉で、小沢征爾で有名な桐朋学園音楽大学のオーケストラが秋山和慶さんの指揮で演奏旅行に来て、この「春祭」を演奏したのですが、そのうまさにブッタマゲたことを覚えています。秋山さんの数学的で魔法のような棒さばきは今でも覚えています。

そして、九響と札響がどんな「春祭」を聴かせてくれるのか。この演奏会のリハーサルあった日、いつものように「ひさご」で呑んでいたら、九響のパーカッションの常連さんのNさん(大学の先輩です)が、札響のパーカッションのYさんを連れて呑みに来ました。その場で仲良くなって、音楽の話をいろいろ聞かせてもらった後、一緒にマージャンしようということになったのでした。札響のYさんと私と、九大フィルの友達を入れた4人で、私のアパートで徹夜でマージャン打ったのでした。 マージャンしながらも、Yさんは、札響に客演した指揮者のあれこれを教えてくれて大変勉強になりました。でも、Yさんのマージャンの強いこと。結局朝9時くらいまで、とことんマージャン打って、Yさんの一人勝ちで、私たちは大負けしてしまいました。 Yさんは、「それじゃ、そろそろホテルに帰って仮眠してから春祭叩くかぁ。」と帰っていったのでした。あの難曲「春祭」を徹夜マージャン明けで(ティンパニ)叩くYさんは脅威でした。結局私は、そのまま寝てしまい、コンサートには行けず仕舞い。情けない。。。

ストラビンスキー作曲バレエ音楽「春の祭典」

「火の鳥」と「ペトルーシュカ」に続く、ストラビンスキーの三大バレエ音楽のひとつ。1913年5月20日の、パリのシャンゼリゼ劇場で行われた初演で聴衆から「こんなの音楽ではない」と大騒動となったくらい強烈なリズムと幻想的で刺激的な曲です。高校生の頃は、コリン・ディビス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(オランダ・フィリップス)の色彩感と造形美に優れたLPにはまっていました。このバレエ・ダンサーが宙を舞うLPジャケットがイイんです。また、カラヤン&ベルリン・フィル(ドイツ・グラモフォン)の官能的な演奏のLPを、行きつけの松山のマルイ・レコード店で試聴盤をタダで頂いた記憶があります。(ラッキー!) それと、奇才イーゴル・マルケヴィッチ指揮もはずせません。夜、部屋の電気を消してスピーカーの音に集中すると怖いくらいでした。大昔、セラフィムから廉価盤のLPが出ていた気がします。何と言っても、ストラビンスキー自らがコロンビア交響楽団を指揮しているCD(SONYクラシカル)は作曲者自らがどういう音を表現しようとしていたのかの原点を知る上で、一度は聴くべきでしょうね。でも、かなりあっさりした印象でした。 ピエール・ブーレーズ指揮クリーブランド管弦楽団のCDが昨年SONYクラシカルから1,600円というお得価格で再登場しました。自ら作曲家でもあるブーレーズのスケールの大きいそして計算されつくした演奏も魅力です。 最も最近はまったのが、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル(ベルリン・フィル自主制作レーベル)のCD。冒頭のファゴットのソロからしてニュアンスの微妙さを利かせ、ラトルは聴き手をあっと言う間に引き付けます。

 

 


代数学の試験と卒業

 

昨日、シアトルへの出張から無事帰国しました。今回は日本から複数のメンバーで同じ会議に出席したのですが、食事の席で、私のこのブログの話題になり、「平井さんのブログは長すぎる。」、「もっと改行して見やすくして、それに写真を入れた方がいい。」、「日経新聞の私の履歴書みたい。」などのご指摘をいだたきました。読み返してみると、優秀な他のブログと比べておっしゃるとおり読みにくいかも。。。

本人は至って真剣に、熱く語っているつもりなのですが。。。と、言うことで今回から出来るだけ簡潔に書くように心掛けます。

この、私の"音楽"履歴書も、大学4年生時代まで来ました。 そろそろ卒業シーズンです。

ヨーロッパ演奏旅行から帰国して「留年を前提に教員採用試験を翌年受験するから。」と言う大それたことを両親に報告したら、勘当もので仕送りも止められる程。これはまずいとあわてて就職活動開始。しかし、単位はギリギリ。特に代数学が苦手で、大嫌いなY助教授は、Yシャツの上にセーターを着てセーターの外にネクタイを出しているというファッションなのでした。担当のY助教授から前期試験で不可をつけられ後は前期後期の総合判定でせめて可(C)をもらわないと単位不足で留年となる状況。でも、オケ活動に情熱注ぎすぎて授業はほとんど出ていないし。後期試験の出来もイマイチ。 直ぐにY助教授の研究室の前で日本酒の一升瓶を抱えて先生を待ち受けて、Y助教授に懇願して何とか単位をもらったのでした。

 

卒業が決まればこっちのもの。福岡の各大学オケの仲間と「福岡アカデミー合奏団」なるものを設立して、卒業記念に演奏会を企画したのでした。プログラムは、チャイコフスキーの弦楽セレナードとモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」の2曲。アンコールにバーバーの「弦楽のためのアダージョ」。これらの曲目は普段、大編成の大学オケではなかなか手を出せないもので、小編成で全員気心しれた仲間で一度はやってみたかったものでした。

お陰様で、演奏レベルの点でも満足できる演奏会となりました。でも、学生最後の演奏だと思うと何故か胸が苦しくなって、舞台の上でアンコールのバーバー(この「弦楽のためのアダージョ」は、映画「エレファント・マン」のテーマ曲でもありました。)では、演奏しながら涙が止まらなくなりました。 もう来月からは、社会人なんだなぁ。。。もう一日中チェロ弾いて、仲間と音楽と人生を語り明かして、呑んだくれて、徹夜マージャンしてという生活は過去のものになるんだなぁ。。。  

モーツァルト 交響曲第41番ハ長調「ジュピター」

1788年8月に第40番完成から半年程しか経ていない時に、ウィーンで完成されたモーツァルト生涯最後のシンフォニー。「ジュピター」という副題は、本人が付けたものではないですが、ローマ神話最高の神の名にあやかって、高い創造性や崇高な壮大さを持った曲です。特にソナタ形式にフーガの手法をおり込んだ第四楽章は、何度聴いてもすばらしいモーツァルトがそのに存在するのです。

この曲のCDは、実はあまり所有していません。昔LPで、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(SONYミュージック)の語りかけてくるような親近感と暖かさを兼ね備えた演奏をよく聴いていました。また、カール・べーム指揮ウィーン・フィル(ドイツ・グラモフォン)は、派手さはありませんが、落ち着いた清楚なモーツァルトをウィーン・フィルの美しい響きで実現しています。(注:ベームは、ベルリン・フィルとも同曲を録音して同じドイツ・グラモフォンから発売されています。) 最近では、録音は古いですがトスカニーニ指揮NBC交響楽団(旧RCAレーベル)の1945&1946年のカーネギー・ホールでの録音を好んで聴きます。全体的に引き締まった演奏で、特に第四楽章の快速テンポでのフーガは凄まじい盛り上がりを見せて聴き終わった後、爽快感が残るような感じです。また、オトマール・スイトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレ(ドイツ・シャルプラッテン)の瑞々しい演奏も聴き物でした。

チャイコフスキー 弦楽セレナード ハ長調

モーツアルトをこよなく愛したチャイコフスキーが、モーツァルト時代のセレナードに倣って書き上げた曲。オケ仲間では、「弦セレ」と略します。第一楽章は、TVの「オージンジ」のCMで使用されているので、聴いたことある方も多いことでしょう。決して、この曲を聴いて、思わず電話に手を伸ばさないように。。。特にワルツ形式の第二楽章は美しいです。

さてCDですが、無難なところで、カラヤン&ベルリン・フィル(ドイツ・グラモフォン:1980年のデジタル録音)の演奏。機能的で洗練されて非の打ち所のない完璧な演奏です。個人的には、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ(フィリップス)の熱のこもった演奏が好きです。斉藤秀雄門下生が心をひとつにしてオザワと創り出すチャイコは、まるで学生オケのノリのような真剣勝負です。ここまで、弾き込んだアンサンブルは魂を揺さぶる感じです。

今回の帰国の飛行機で疲れていたのかよく眠りました。しかし、飛行機の中ってなかなか落ち着いて寝られず、睡眠は浅いです。私の場合、疲労がたまって寝る時に決まって同じ夢を見ます。それは、前述の後期試験で代数学の単位を落として留年する夢です。いつも、決まって理学部の掲示板に、学生名簿が貼ってあって私だけが単位を落としているシーンです。決まってこのシーンでびっくりして目を覚ますのです。。。オー怖い。。。


「アイーダ」と夏のローマ

 

大学4年生の夏休み、そろそろ就職のことを考えなければなりません。 当時は、10月1日が会社訪問の解禁日で結構のんびりと学生生活を謳歌していました。 以前にも書きましたが、私は、夏目漱石の小説「坊ちゃん」に憧れて高校の数学の教師になることを夢見て、理学部数学科に進みました。 大学4年生の夏休みに地元愛媛県の高校教員採用試験を受けるべく、教職の単位は(優秀な学友に助けられて)取得していました。   

夏休み以前の5月、ここで私の人生の大きな転機が訪れたのでした。それは、ヨーロッパへの演奏旅行でした。 九大フィルでお世話になっていた指揮者堤俊作氏から、ユース・シンフォニー・オーケストラ・オブ・ジャパンを編成したので、ローマで開催される第4回国際ユース・フェスティバルに参加しないかという話でした。 堤氏は、それ以前に同様の企画でベーオグラードなどを訪問し、その時のオーケストラが母体となって現在の東京シティーフィルハーモニック管弦楽団を創設したのでした。   

当時仲の良かったトランペット奏者の九州芸術工科大学のK君と毎晩のように悩みました。と言うのは、ヨーロッパ演奏旅行に参加すると、私は教員採用試験と日程が重なり受けられないし、K君も大学院入試と日程が重なっているというのです。二人が出した結論は、「演奏旅行は今年しかチャンスがない。教員採用試験も大学院入試も留年して翌年受ければいいじゃないか。」というものでした。今考えると大変無謀な選択でありましたが、当時はバンカラな九州男児になれていて自信を持った結論のつもりでした。  

こうして私は、両親に内緒で夏休み1ケ月間日本を離れ、クラシック音楽の本場、イタリアとウィーンを訪れたのでした。現地でのコンサートに準備していった曲目は、  

  • ヴェルディ作曲「アイーダ・シンフォニア」
  • シューレ作曲「キルシェンフェルト・セレナーデ」
  • J.S.バッハ作曲管弦楽組曲第3番
  • シューベルト交響曲第8番「未完成」

でした。 シューレは、スイスの現代作曲家ですが、大変メロディーの綺麗な小編成オケの曲で、イタリア初演でした。第2楽章で長いお洒落なチェロのソロありますが、今でも暗譜で弾けるほど弾き込みました。 ヴェルディの作品は、有名な歌劇「アイーダ」と関連しています。もともとヴェルディは、この「アイーダ」に4分程の前奏曲を書いていて、普段のオペラ公演ではこの前奏曲が演奏されます。 この「アイーダ・シンフォニア」は、名前のとおり、ヴェルディがコンサート形式のオーケストラ用に仕立て上げた曲で約20分の演奏時間で、随所に「アイーダ」の旋律が散りばめられていてストーリー立てになっています。イタリアでは、かのトスカニーニが1940年代に初演して以来、私たちの演奏が40年振りということになりました。この曲は、楽譜がレンタル譜面しかないので、一般には入手出来ません。LPでは、大昔、クラウディオ・アバドが、ヴェルディの序曲集の中に入れていたと記憶していますが、今調べても分かりませんでした。最近では、リッカルド・シャイーがミラノ・ジャゼッペ・ヴェルディ交響楽団との来日記念にリリースしたCD「ヴェルディ:ディスカバリーズ」(DECCAレーベル/UCCD-1099 )に挿入されているようです。 聴いていないので同曲がどうか定かではありません。早速購入してみることにしましょう。私たちは、この曲をローマ市内のローマ市庁舎前の広場で野外演奏会として演奏しました。公演開始が夜9時と、日本では考えられない時間だったので眠くてたまらなかったことを記憶しています。(と言うか、演奏会の打ち上げが、深夜零時からだったので。。。)

ヴェルディの歌劇「アイーダ」について少し語りましょう。。。

スエズ運河の開通にちなんで作曲された歌劇「アイーダ」は、ヴェルディの代表作です。 古代エジプトを舞台に繰り広げられる壮大な物語は、アイーダとラダメスという愛し合うふたり、それにラダメスに思いを寄せるアムネリスの三人を中心に描かれた一見どこにでもありそうな三角関係ですが、それらに政治的背景をもった祖国への思いと、国家の対立や愛と死などのテーマによるスベクタクル物語が誕生したわけです。 テノール独唱によるラダメスのアリア「清きアイーダ」や、凱旋行進曲とバレエ音楽など、皆さんもオペラ全幕を知らなくても、お聴きになったことがあると思います。 イタリアのヴェローナで毎年夏に開催される野外オペラでは、この「アイーダ」がメインの演目であり、本物の像やラクダまで登場する一大舞台芸術です。 

私は、2001年6月にウィーン出張の折に、ウィーン国立歌劇場で準・メルクルの棒でこのオペラを観ました。 また、2002年にニューヨーク在住の折、メトロポリタン・オペラハウスで音楽監督のジェームス・レヴァインの棒でも観ました。 正直に申し上げて、ウイーン国立歌劇場の公演にはガッカリしました。 舞台演出も平面的ですし、天下のウィーン・フィルのアンサンブルが今一で、準・メルクルの指揮も統率力がなく、リハーサルで流しているみたいな演奏でした。 一方、レヴァイン率いるメトロポリタン・オペラハウス(メトと略します。)は、大変気合が入っていて、正に歌劇の真髄を見せてもらったというようなスペキュラクターが目の前で展開されたのでした。 特に、第2幕第2場の有名な「凱旋行進曲」では、舞台にスフィンクスを斜めに立体的に配置し、奥行きを広く見せて、本物の馬とラクダまで登場するというサービスぶり。 オケの実力も、はるかに、ウィーン・フィルを上回っていました。 なお、このメトの映像は、DVD(ユニバーサル・ミュージック・レーベル)でご覧になれますし、特にブラチド・ドミンゴのラダメス役ははまり役です。 

これ以外に、ブロードウェイ・ミュージカルで、エルトン・ジョンの音楽による「アイーダ」も人気高いですね。日本でも劇団四季が公演していますが、私は、ニューヨークのブロードウェイで観ました。曲は全くヴェルディとは違いますが、演出は最高でした。 特にラスト・シーンで、ラダメスとアイーダが墓の奥底に沈んでいくシーンでは涙が出ました。

それでは、CDをご紹介しましょう。。。

私は、カラヤン&ウィーン・フィルの最初の録音が好きです。 二度目の録音は、巨匠カラヤンの色が出すぎている感じがしますが、この第一回目の録音は、カラヤンがウィーン国立歌劇場の音楽監督の地位にあった頃で、当時最も旬であったイタリア人歌手をウィーンに招いて、指揮者カラヤンとの音楽対決がキキ物です。 若かりしカラヤンの指揮も新鮮で生き生きしています。

CDはないのですが、昔カセット・テープで持っていたのが、リッカルド・ムーティ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(東芝EMIレーベル)のデビュー・アルバムです。 さすがイタリヤっ子のムーティは、情熱的で且つ洗練された一大絵巻物を聴かせてくれます。

現在、DVDがポピュラーになったので、オペラも楽しみやすくなりましたね。でも、やはり真髄は直接オペラハウスでの観劇です。一度素敵な方とご一緒に、タキシードとロングドレスでオペラとともに素敵な一夜を過ごしてみてはいかがですか。。。

 


ひさごのおばちゃん

 

九大フィルの練習が夜10時に終わった後、先輩に連れられて毎晩通っていたお店が、福岡市中央区六本松にありました。 「ひさご」という名前のカウンター10数席と、奥に四畳半の小部屋があるお店でした。ここのおばちゃん、合屋さんには、大学4年間本当にお世話になりました。

このお店は、福岡のクラシック音楽の中心とも言える場所でした。 お店が、六本松の九大教養部の直ぐ隣に位置していたことから、九大フィルの面々の溜まり場であったことは言うまでもありません。 加えて、九州唯一のプロ・オーケストラである九州交響楽団(九響)の方々もよくお見えになりました。 (一部、OBは重なっていますので。 つまり、九大を卒業してそのままプロの演奏家として九響に入団された方もたくさんいるのです。)  指揮者の故石丸寛先生も、現日本指揮者協会会長で、我が九大OBの荒谷俊治先生も、この「ひさご」の常連さんでした。

この「ひさご」に行くには、ある規律がありました。 それは、九大フィルの先輩から声を掛けられないと「ひさご」デビュー出来ないのです。 先輩から、「おい、平井。今晩空けろ? ひさごに連れていってやる。」という言葉が何時かかるかが、何十人といる進入団員の中での特権なのでした。 

連れて行ってもらってから、「ひさご」のおばちゃんのお奨めでいろいろな料理を出してもらいます。 飲み物は、もっぱら芋焼酎の白波ゴールド25度を6:4のお湯割りで。 時々、ひや酒(お燗しない常温の日本酒)を「タダ酒」と称して呑んでいました。 支払いは、どれだけ呑んで食べても、学年で決まっています。 (留年生は、もちろん1学年足して本来の在籍年数を基準とします。)  私も大学1年生の頃は、一晩1,000円くらいでしたが、卒業することには5,000円くらい支払っていました。 時々、大学OBの先輩が顔を見せると、万札を置いていってくれました。

この「ひさご」には、本当にドラマがありました。 ここで食べた、ゴマさば、ニラとじ、生卵の黄身をのせたイカ刺、生の明太子に数滴のお酒と醤油をかけたおつまみ。。。 九大フィルの音楽仲間と、音楽を、恋愛を、そして人生を語り明かしました。 当然、その日の演奏の仕上がり具合について、カツを入れられました。 このあたりは、文科系のオーケストラと言えど日本最古のオーケストラという自負から体育会系の厳しさでした。まさに、涙あり笑いありの修行の場だったのです。

1983年の初め、大学を卒業する前に、民音指揮者コンクール受賞記念コンサートが開催され、コンクールの上位入賞者が各地のプロ・オケを指揮して受賞披露をするコンサートがありました。 この年の優勝者が十束尚宏さんで、第2位が大野和士さん(http://www.kajimotomusic.com/artists/ono_kazushi.html)でした。 

この福岡での演奏会に、私は九響のチェロTutti奏者として客演させていただきました。 (プロ・オケに出演ってドキドキでした。慣れない燕尾服の尻尾を座る時、踏みつけたり。。。)  十束さんがモーツァルトの交響曲第39番を、大野さんがブラームスの交響曲第2番を振りました。 大野さんは、お母様が洋裁した黒の練習着(小澤征爾愛用のHanae Moriブランドのラフな練習着に似ていました。)に身を包み颯爽と登場しました。 彼の音楽は、若いながら包容力があって、ブラームスの暖かい部分に焦点を当てた音楽作りでした。 

このお二人の指揮者と同年代だった私は、初日のリハーサル終了後、馴染みの「ひさご」に繰り出し、九響の面々と遅くまで音楽談義に花を咲かせ、大変勉強になりました。 大野さんはご存知のとおり、その後1988年にザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任し、現在は東京フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者とベルギー王立歌劇場音楽監督に就任されています。 

私のディスコグラフィーには、大野さん指揮ベルギー王立歌劇場管弦楽団&合唱団によるマーラー交響曲第2番「復活」があります。(2002年9月ライブ録音/ワーナーミュージック・ジャパンWPCS-11561/2)  フレーズを大切にし、重過ぎず洗練されたマーラーを実現しておりもオケと合唱とが一体化して勢いある高揚感を創り出しています。 これからの活躍が楽しみな指揮者の一人です。

こんなに大野さんが有名になるんだったら、あの時、「ひさご」でただビールの杯を交わすだけでなく、"スリスリして"たらよかったかも。。。

 


ちょっと寄り道:ニューヨーク・ジャズ

 

現在、シアトルに向かう飛行機の中です。前号で書いた、ニューヨークのジャズ・シーンを語るアキコ・グレース、New York Trio、そしてウィル・ブールウェアのCD3枚を聴きながらくつろいでいます。ヨーロピアン・ジャズも好きですが、何故か冬は、ニューヨーク・ジャズが良く似合う。私は、ニューヨークで3年間暮らしていましたが、どんよりした空のニューヨーク、車道から蒸気が上がっているマンハッタン、道端にまだ雪が残っているシーンなどニューヨーク・ジャスには欠かせない演出みたいな気がしています。

Stairway To The Stars/New York Trio (Venus Recordsレーベル)
「恋人よ我に帰れ」で巻くを開けるこのアルバム。ノッケから、軽やかに演奏してみせて、そのタッチに魅せられました。アルバム・タイトルの「Stairway to The Stars = 星へのきざはし」は、2曲目に収録されており、先程の軽やかな曲と対照的な落ち着いた雰囲気のバラード。とても上品なジャズトリオです。どの曲も魅力的で、飛行機の中でお酒が進んでしまいました。

Another Story in New York/アキコ・グレース (Jroomレーベル)
アキコ・グレースがニューヨーク三部作として発売したアルバム3枚に入りきらなかった曲やテイクをまとめて1枚にして出したアルバム。そういう意味では、オムニバス形式で彼女のジャズを広く楽しむことが出来ます。2曲目の「My Foolish Heart」は、余りジャズに詳しくない私のお気に入りの曲で、私の愛聴盤のビル・エパンズ・トリオの「Waltz For Debby」にも収録されています。ロマンテッィクにそして気品のある演奏で、コケティッシュな彼女の魅力を100%表現してくれています。彼女のピアノの音が澄んでいてピュアなんです。

Take Five/ウィル・ブールウェア (ヴィレッジ・レコード)
2004年6月にNYのスタジオで録音されたアルバム。タイトルの「Take Five」は、スタンダードの名曲ですが、最初聴き始めて、あれっ、どう展開していくのかなと思う奇抜なアレンジです。全体にアップ・テンポなアレンジが多いですが、前述の2枚のCDとは違う雰囲気で、偶然ですがいい組み合わせの3枚に出会えたという感じです。ここでも、前述の「My Foolish Heart」が収録されていますが、全く違うアプローチです。私は、余りエレキ・ベースの音色が好きではないのですが、このアルバムではリチャード・ボナという鬼才が、しっとりとしていてイイ感じでした。

飛行機の中で、食事も終えてゆったりした気分でくつろいで、数時間を過ごすには最高の3枚のアルバムでした。

冬の夜、部屋を少し暖かくして、明かりを消して静かに耳を傾けるには最高の3枚だと思いました。

 


ちょっと寄り道:幻想交響曲

 

土曜日ににゴルフに行きました。もともと私はゴルフが下手で困っているのですが、この日は予想外に、生涯ベストのスコアが出て大満足。きっと一緒にプレイいただいたメンバーに恵まれたんですね。(ブログに書くなら、そう言うべきと某I社のY社長がおっしゃってました。。。) 気をよくして、帰宅途中に横浜のタワーレコードに立ち寄りました。目的は、佐渡裕指揮パリ管弦楽団のベルリオーズ「幻想交響曲作品14」の新譜を購入するため。佐渡ヤンの新日フィルとのベートーヴェン「第九」は以前ご紹介しましたが、今度の幻想交響曲は、佐渡ヤンがどんな色彩感をパリ管弦楽団から引き出してくれるのか期待が高まります。最近、交響曲の新譜には余り関心がなかった私としては、発売を楽しみにしていた1枚です。加えて、今度の海外出張の飛行機の中でゆったり楽しもうと、ニューヨークのジャズ・シーンを語る、アキコ・グレース、New York Trio、そしてウィル・ブールウェアのCD3枚も併せて購入しました。それでは、まず佐渡ヤンから。

ベルリオーズ作曲「幻想交響曲」作品14 佐渡裕指揮パリ管弦楽団(エイベックスクラシックス)
この録音は、2002年3月のパリ、サル・プレイエルでのライブ録音です。時折かすかに聞こえる佐渡ヤンのうめき声も臨場感たっぷりで、終演後の聴衆の割れんばかりの拍手とともに、今回の演奏の一部と化しています。第一楽章から私の予想を裏切らず、佐渡ヤンは大きな音楽の造形を描き、パリ菅を思い存分鳴らしています。楽員は、佐渡ヤンを完全に信頼しきっていて、佐渡ヤンのほとばしるパッション(と、ほとばしる汗?)に各パート・ソロが何も隠し立てせず秘めたポテンシャルを最大限に発揮して応えようとしています。第二楽章は、残念ながら私としては、納得しませんでした。この舞踏会の三拍子が杓子定規に硬すぎる。関西出身の佐渡ヤン(京都市立芸大学卒)なら、吉本喜劇的な茶目っ気でもっとチャーミングに仕上げられたはず。コーダの金管のオクターブ・スケールの下降パッセージをクレジェンドし強調したところは、やるなっと唸りましたが。(実はこの部分でチェロ・パートはこの曲で最も難しいパッセージを弾かされているんです。弾くたびにうんざりします。) 第三楽章は、しっとりと透明感があり、それでいてダイナミックスの幅を大きくとり、パリ菅ならではの色彩感を見事に引き出していました。第四楽章の断頭台への行進も、すごくいい。全曲でベストが、この第四楽章だと思います。ティンパニが不気味なほどのニュアンスを出しています。それだからこそ、この楽章を楽譜どおりにリピートしてほしかった。繰り返した時、佐渡ヤンがどんなニュアンスの違いを表現するのか知りたかったです。第五楽章もスケールが大きく、見事なクライマックスを演出しています。特に管楽器がキレ味のいい。お馴染みの鐘の音も野暮ったくなく、それでいて音程のいい鐘を使用しています。佐渡ヤンは、コーダに向けて、自分が身体全体で汗だくになりなから音楽を表現していても、常に頭の片隅にクールな部分を持っていて冷静さを失うことなくオケをコントロールできるすばらしい指揮者だと思いました。聴き終わって、あっと言う間だったという印象です。つまり、どのフレーズも飽きさせず、色彩感豊かに聴き手を引き付けていると思います。来月には、シュトゥットガルト放送交響楽団とマーラーの交響曲第5番のCDをリリースするそうなので今から楽しみです。

ベルリオーズの幻想交響曲は、大変ポピュラーなレパートリーだけに名盤も多いですね。私は、中学・高校時代は、カラヤン&ベルリン・フィルと小澤&ボストン響(いずれもドイツ・グラモフォン)で過ごしました。この曲の名指揮者と言えば、ミュンシュ、マルケヴィッチ、そして2003年5月のウィーン・フィル定期演奏会ライブのゲルギエフあたりが有名でしょうか。私は、自分が演奏する時のスコア読みの参考に、バレンボエム&ベルリン・フィル(SONYミュージック)のディテールが明確でオケのアンサンブルのウマさが光るCDを10年くらい前に購入しました。それ以降、同曲のCDに余り関心ありませんでしたが、昨年ノリントン&シュトゥットガルト放送交響楽団のメリハリの効いたライブで再度この曲に目覚めました。

私のこの曲の演奏歴は、四国・高松在住時代、燃えるコバケンこと小林研一郎さんの指揮で高松交響楽団での演奏会が最初でした。指揮台の上で、ピョンピョン跳ねるコバケンの印象が強く残っています。
ベルリン・フィルの本拠地、ベルリン・フィルハーモニー・ホールのロビーに、この幻想交響曲の第五楽章で使用する2つの鐘が展示してあります。(自由に触れるし、音も出せます。) 大昔は、一般のチューブラ・ベルで代行した時代もありましたが、今は、本格的な釣鐘が使用されることが多いようです。実はこの釣鐘、音程をきちんと合わせて鋳造するのが難しいんです。大阪市民管弦楽団に所属していた時、この幻想交響曲をザ・シンフォニー・ホールで演奏するにあたり、同じ団員で製鉄所を経営なさっている方が自前で製作してくださり、それはそれは音の深い見事な音量と音程の釣鐘が出来上がりました。今では、他のオーケストラにも貸し出していると伺いました。ベルリン・フィルハーモニー・ホールに展示してある釣鐘は、結構な大きさがあり、いぶし銀に輝いていました。以前ベルリンを訪問した際、この釣鐘を指ではじきながら、第五楽章を口づさんだことがあります。次回は、チェロではなくこの鐘担当のパーカッション奏者として舞台に上がってみたいなぁ。。。

 


阪神淡路大震災10周年

 

今年の1月16日は、阪神淡路大震災の10周年でした。 この震災でお亡くなりになられた多くの方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

実は、私を含め家族全員、阪神大震災の被災者であり、当時神戸市東灘区に居住しており、私のマンションも一部損壊の認定を受けたほどでした。今思い出しても、本当に怖い体験です。

ご存知の方も多いと思いますが、この阪神淡路大震災のちょうど1年前の同じ1月16日、それも同じ満月の夜にロサンジェルス地震が起きています。 予期せぬ天災は一瞬のうちに、大切なものを人々から奪ってしまいます。昨年は本当に天災が多かったですね。

これから平和な世の中になりますことを願っています。

この震災からの復興を果した神戸市に国際チェロアンサンブル協会というのがあります。

1996年7月に有名なベルリンフィルの12人のチェリスト達が神戸でコンサートを行った際にその時の報酬を震災復興基金に寄付したことをきっかけに、神戸で1,000人のチェリストを集めてコンサートをやろうという企画が起こり、1998年11月28日に神戸ワールド記念ホールで世界に例を見ない記念すべきコンサートが開催されたのでした。 コンサートには、不慮の事故でお亡くなりになられた高円宮殿下もひとりのチェリストとして参加されました。 私は、残念ながら今まで参加するチャンスがなかったのですが、参加した友人から話を聞くと大変感動的なアンサンブルだったそうです。 高円宮殿下がチェロをこよなく愛されていらしたことは、同じチェロ弾きとして大変光栄なことであります。 

私自身、マイクロソフト社の役員として、社会貢献活動の一環でロイヤル・チェンバー・オーケストラ(オフィシャル・サイト:http://rco.msn.co.jp/ )の定期公演「世界音楽国めぐり」を昨年から特別協賛させていただき、多くの方々にクラシック音楽をお楽しみいただいています。

昨年11月の公演チェコ編では、ソリストにミーシャ・マイスキーを迎えてドボルザークのチェロ協奏曲をプログラムに加えました。このコンサートには、チェロという楽器のつながりで、高円宮妃殿下をご来賓にお迎えする光栄を得、妃殿下とお亡くなりになった殿下のチェロに対する愛情の思い出についてお話をさせていただきました。

さて、九大に入学して初心者としてチェロを始めた私ですが、九州交響楽団の本田實先生の門下生としてレッスンに励みました。 そして、この頃からチェロ演奏のLPもたくさん聴く様になりました。

好きなチェリスト・ベスト5と題してご紹介すると、、、

1.ジャクリーヌ・デュ・プレ: 兎に角、エルガーのチェロ協奏曲は最高。 指揮者バルビローリと元夫のバレンボエムと2種類の録音がありますが、後者の方がより情熱的です。 特に、第四楽章練習番号45の最後のH(シ)音の後に、楽譜に無いE(ミ)音を加えて躍動感を演出しているところがニクイです。

2.ピエール・フルニエ: フランスのチェロの貴公子。 使っている楽器もフランス製で、A線(チェロの4本の弦の中で一番高い音の弦)の甘い音色が魅力的。 バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲の日本来日公演ライブ録音では音程をはずしまくっていますが、それを超越した音楽が聴く者を引き付けます。

3.ヨーヨー・マ: 誰もが認める現代最高のチェリスト。 最近は、クラシックの領域を超えて、ピアソラのタンゴ、シルクロード音楽でも、活躍しています。 使っている楽器は、ストラディバリウスですが、ニューヨークのタクシーのトランクに置き忘れて、タクシー運転手が後で気付きホテルに届けたという逸話もあります。

4.パブロ・カザルス: チェロの神様。 バッハの無伴奏チェロ組曲を発見し世に紹介したことでも有名。 晩年は、マールボロ音楽祭で指揮もしました。 カタロニア民謡の「鳥の歌」をケネディ大統領の招きでホワイトハウスで演奏したCDは、肉声のうなり声が入り、深く心の奥底に沁みこんでいきます。

5.ミーシャ・マイスキー: 前述のとおり、昨年11月のロイヤル・チャンバー・オーケストラ公演に客演しました。 自由奔放で遊牧民的なドボルザークのチェロ協奏曲は、感動でした。 使用している楽器は、イタリアのモンタニアーナ。 オリジナルでは大きすぎるので、丁度真ん中で切って詰めて小さくしていました。

<番外特別>

林峰男: 我が師匠。 スイスのローザンヌ在住の斉藤秀雄門下。 本当なら、もっと売れてもいい実力派だと思います。 高い演奏能力に加えて、気さくな人間味ある音楽観が持ち味で、最新録音のバッハの無伴奏チェロ組曲全6曲でバッハの本質に真正面から合対峙した演奏は、私の「無人島の10枚」に間違いなく入ります。

長谷川陽子:美人チェリスト。ギターの福田進一とのデュオによる「WAVE ジョビンへのオマージュ」での甘美な音色、アコーディオン奏者とのデュオによるムソルグスキーの「展覧会の絵」全曲の編曲版での色彩感は、天は二物を与えたって感じです。

 


マーラー「巨人」は真夏の果実?

 

大学受験の結果、私は九州大学理学部数学科に入学しました。 夏目漱石の「坊ちゃん」は、東京物理学校(現東京理科大学)を卒業して、松山中学の数学の教師として赴任してくるお話でした。 私も、「坊ちゃん」に憧れて、数学の教師になることを夢見て福岡市にある九州大学(九大)の数学科に入学したのでした。 何故九大かということについては、1月14日号の私のブログを読んでください。

九大は、バンカラな校風の大学です。 当時地元のタウン誌「シティ情報ふくおか」で九大の男子学生のことがよく取り上げられていて、「ダリア少年」と称されていました。 九大男子学生の典型的なスタイルは、大学生協で特売している白い3本線の入った緑色のジャージ、どこのブランドが分からないベルボトムのジーンズ、靴は白いプューマの運動靴。 ダリア少年とは、「どんな綺麗な花を咲かせようと努力しても根っ子はイモだ。」という思いが背込められていました。 どうみても松山の坊ちゃん以上に田舎者です。こんなはずではなかった! 高校3年生の時の担任のS先生のおっしゃっていた「博多美人」はどこにいるのでしょう???  生まれて初めて親元を離れて下宿。 もっとゴージャスにキャンパス生活に憧れていたために、その現実とのギャップは相当なものでした。

大学入学後、サークル勧誘が盛んに開催されていました。 私は、中学・高校ともテニス部だったので、またテニス部に入部する予定でしたが、体育会系サークル紹介より先に文科系サークル紹介があり、そこで運命の出会いとも言える九大フィルハーモニーオーケストラと出会いました。

九大フィルについては、下記のMostly Classicでの特集取材をご参照ください。

http://mclassic.excite.co.jp/mclassic/03-12/amateur/

中学生の頃からクラシック音楽鑑賞が趣味ではありましたが、自分で楽器演奏なんて想像したこともありませんでした。 このサークル紹介では、6月の定期公演のリハーサルを見学するのでした。 この時のプログラムが、シューベルトの<未完成>交響曲とマーラーの交響曲第1番「巨人」でした。 そのリハーサルを聴いてそのウマさにビックリ。 逆に私のような初心者の出る幕はないのではと恐れをなしました。 しかし、気がついたら、先輩に口説き落とされその日のうちに入部するはめに。 では何の楽器を選択するのか。。。 オーケストラですから、弦楽器と管楽器、そして打楽器から編成されているわけですが、やるなら弦楽器。 菅打楽器は、ブラスバンド出身者ばかりですし、どうせオケなら、弦でしょうっ。 このあたり、2001年4月11日の日本工業新聞で、池田昇記者が取材記事を書いてくださっているのですが、「ヴァイオリンは小さい頃からの経験者がほとんど。ビオラやコントラパスだと地味で目立てない。みんなと同じラインからスタートして、しかも目立つにはこれしかない。」そして身体も大きかったので、チェロを選んだのでした。 すごい打算的というか負けず嫌いの性格からというか、兎に角ここからチェロという楽器との付き合いが始まったのでした。

入部して最初の役回りが録音係り。 東京から来た指揮者のトレーニング(3日連続午後2時から夜9時まで。 1回の演奏会でこの3日サイクルを3回。。。 おいおい、何時授業に出てるんだい・・・)の時に、後でプレイバックして反省会に使う演奏をひたすら録音し続けるのです。

マーラーの交響曲第1番「巨人」は、スケールの大きい、それでいてマーラー28歳の時の最初のシンフォニーとは思えない完成度の高い名曲です。 その甘美さ、混沌の中からの脱出、独特の長いフレーズ。 画家グスタフ・クリムトと世代を同じくした作曲家であり指揮者のマーラーの代表作と言ってもいい作品です。

このマーラー「巨人」の演奏会は、6月。 もう福岡は蒸し暑い梅雨時です。 汗だくになって黙々と録音係を担当したことを覚えています。 

私自身初めてこの曲を演奏したのは、1982年の8月。 その年、ローマで開催された第4回国際ユース・フェスティバルに日本からユース・シンフォニー・オーケストラ・オブ・ジャパンのチェロ首席奏者として参加させていただいた時、現地で行われたオーディションにまぐれで合格し、ローマ・オペラ座の指揮者ガブリエル・フェロー氏のタクトでマーラーの「巨人」を演奏させていただいたのでした。 

どちらも偶然、夏。パブロフの犬じゃないですが、私にとってマーラーと言えば真夏なのです。 季節感と音楽の関連性ってありますよね。 第一楽章でE(ミ音)のフラジオレットで透明な音作りに苦心したあの日。 第四楽章のホルン・パート全員立ち上がって、木管楽器が全員ベル・アップで最大のパワーを振り絞っての終結部。これも夏の思い出です。 1996年夏、米国ボストン近郊で毎年開催されるタングルウッド音楽祭で、小澤征爾&ボストン響で聞いたマーラー交響曲第2番「復活」。 これも夏。。。

私にとって、マーラーは何故か真夏の音楽なのです。真夏のブルックナーはいただけませんね、暑苦しくて。。。

さて、このマーラーの交響曲第1番ニ長調「巨人」のお奨めCDは次の3枚です。 何と言っても、マーラーの愛弟子、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(SONYレーベル)は、はずせません。 でも、ワルターのマーラーは、夏のマーラーではないんです。 それなら、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルのライブ録音(ドイツ・グラモフォン)を取ります。 アバドは、シカゴ交響楽団とも同曲録音(1981年)していますが、その後のベルリン・フィルとのライブの熱気が正に「真夏の果実(?)」(でも録音は1989年の寒い12月)。 私的には、小澤征爾指揮ボストン交響楽団(ドイツ・グラモフォン)のさわやかで透明感のある、それでいて奥行きの深い演奏も大好きです。 これには、「花の章」(もともと5楽章2部編成の第二楽章として作曲されたもの)が付いています。 久々に、この夏どこかでマーラーを演奏できればなぁと思っています。

 


鍋焼きうどんとベートーヴェン交響曲

 

そういえば、この週末は、大学センター試験でした。 受験生の皆さん、風邪などひかないように気をつけて、ご自分の実力を思いっきり出してくださいね。

私の頃は、「ながら族」と言ってAMラジオの深夜番組を聞きながら受験勉強とかしていましたが、今の受験生はどうなんでしょうか。 携帯メールで友達とどこまで進んだかとか交信してお互い励ましあって勉強しているのでしょうね。

さて今回は、(ようやく?)ベートーヴェンの交響曲について書いてみます。9曲あるベートーヴェンの交響曲で皆さんはどれがお好きですか?  第三番「英雄」、第五番「運命」、第六番「田園」、歓喜の歌の第九「合唱付」は定番として揃えてらっしゃることでしょう。 また、個別に取り揃えるのでなく、ベートーヴェンの交響曲全集という形で全て同じ指揮者でベートーヴェン観を理解するのもよしですね。

私は、高校生の時に初めて「ベートーヴェン交響曲全集」を購入しました。 ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団の演奏です。 鉄壁のアンサンブルを誇るシカゴ響でショルティがスケールの大きなベートーヴェンを聴かせてくれました。 特に奇数番号の交響曲がショルティならではのメリハリあって好きでした。 この全集、楽譜どおりに全てのリピートを省略せずに演奏しているのも話題になりました。

丁度同じ時期に、指揮者のラファエル・クーベリックがウィーン・フィルやベルリン・フィルやイスラエル・フィルやボストン響など世界のオーケストラを曲毎に振り分けて作成したベートーヴェン交響曲全集も話題になりましたね。(私には、どういう根拠でそれぞれのオケを曲に合わせて選んだか理解に苦しみましたが。。。) 

ベートーヴェンの交響曲演奏時の楽譜も様々な議論を呼んでいます。特に、古楽器(ピリオド楽器)による演奏が登場してから、使用する楽譜が何かをCDに記載する演奏も増えてきました。 以前は、ブライトコッフ版を当たり前のように使用していましたが、ここ数年よく取り上げられるのが新ベーレンライター版です。 これによって、ただ大味で迫力満点で苦悩に満ちたベートーヴェンの交響曲を表現するというイメージではなく、まさに古典派であることを再認識させるすばらしい演奏がたくさん出てきました。

正直に、私の今保有しているベートーヴェン交響曲全集のCDディスク(LPは除きますね。LPだと、以前書きましたが朝比奈隆&大阪フィルに傾注しすぎていたので。)をご紹介すると、、、

1) ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ 

2) ディビッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

3) 飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

4) カール・シューリヒト指揮パリ音楽院管弦楽団

5) アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

お分かりのように、カラヤンも、ベームも、フルベン(フルトベングラー)もない、かなり偏ったライブラリーとなっています。 トスカニーニ&NBC交響楽団の演奏は、1枚1,000円の廉価盤が出た時全曲まとめ買いしたと思っていたのですが、自宅で調べると何故か第6番「田園」だけ抜けてました。  

1)のノリントンは正にピリオド楽器で、ベートーヴェンが古典派であることを再認識させてくれたCD。 この後アーノンクールやガーディナーが古楽器演奏で登場して注目を集めましたが、私は、ノリントンのこの最初の録音でベートーヴェン演奏に関して目からウロコが落ちました。 

2)は、新ベーレンライター版を使用して、現代楽器で明るいシャープな響きを作りながらも細部にジンマンのこだわりを見せた名演。 「運命」の第一楽章と第7番の第一楽章のオーボエのカデンツァ、第7番第二楽章のクラリネットとファゴットの第二主題の装飾音符追加による効果などをはじめ、随所に今迄聴こえなかった音が顔を出します。 第7番第三楽章や第九の第二楽章とアダージョのテンポ設定は独特です。 また学術的にも興味深い第九の第四楽章747小節目の休符を再現した録音(日頃聴き慣れた耳には、馴染めないかも知れません)もおまけで付いています。 この名演全集CDが何故こんなに安い値段(確か私は、タワーレコードで全集で3,000円以下で手に入れました。)で発売されているのか不思議です。 

3)の飯守さんの指揮で15年位前マーラーの交響曲第2番「復活」を四国・高松で私自身オケのメンバーとして演奏した経験がありますが、その時からファンになりました。 飯守さんは、この9曲の交響曲の楽譜(新ベーレンライター版使用)に奇をてらうことなく、真正面からの取り組んでいます。 彼の人生観を表したような端正な音楽作りが、このベートーヴェンの全集の完成で証明されたと言えます。 オケはお世辞にもうまいとは言えません(シティ・フィルの金管のK先生、すみません。。。)が、全てライブ録音で完成させたというのは評価に値します。

4)のシューリヒトは、ブルックナーもいいけど、ベートーヴェンもなかなかのものです。 特に偶数番号のシンフォニーがいいです。 モノラル録音なのが残念ですが、全く古臭さを感じさせません。 特にどの曲も弦楽器を伸びやかに鳴らしていて好感持てます。 何故か、ウィーン・フィルでもシュトットガルト放送響でもなく、パリ音楽院管弦楽団なのがいい。。。

5)のクリュイタンスは、LP時代セラフィム・レーベルから1枚1,200円の廉価盤で出ていたのを懐かしく感じます。 実はこの全集、ベルリン・フィルにとって初めてのベートーヴェン交響曲全集の録音なのです。 この頃からベルリン・フィルはウマい!!!それでいて、まだカラヤンの手垢の付いていない頃でクリュイタンスが意のままに明るい艶やかな響きを引き出しています。 特に第1番と第2番は未だに全てのLP/CDの中でこれがBESTだと確信しています。

上記の5つの違ったベートーヴェン交響曲全集を持っていれば大抵のベートーヴェンに対する欲求は満たされます。 つまり、9つの交響曲毎に5つの全集から選択して私なりの全集を組み立てるのです。 ただ時々、この5種類を持ってしても寄り道したくなる時があります。 そういう場合に備えて、次のような個別のCDも取り揃えておいて、その日の気分と雰囲気に合わせたチョイスをしています。  

このリストを見たら、占いのように私の性格が分かるかも。。。あくまで個人的な「こだわり」と「思い入れ」なので、「お奨め」とは違います。これを読んでCDを購入してつまらなかったとおっしゃられても責任とれませんから。。。  

第3番変ホ長調作品55「英雄」: 朝比奈隆&大阪フィルの1975年-ヨーロッパ公演ライブ
「エロイカ」は、フルトベングラーの歴史的名演が何種類かあります(第二楽章の葬送行進曲でヴァイオリンが泣いている。)が、マエストロ朝比奈のヨーロッパ公演は大フィル楽員の集中力も高く、気迫迫る演奏です。  

第4番変ロ長調作品60 : エフゲニー・ムラビンスキー指揮レニングラード・フィル
ムラビンスキーは、決してチャイコフスキーやショスタコービッチのようなロシア物だけの指揮者ではありません。この第4番では、曲の構造をしっかりとらまえ、ムラビンスキーが贅肉を落とした筋肉質のベートーヴェンを聴かせてくれます。  

第5番ハ短調作品67「運命」 : フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団
未だに色褪せない見事な演奏。 ライナーによる最速の「運命」かも。 グイグイ聴き手を引っ張っていきます。 最速という点では、1952年のトスカニーニもいいけど録音がもうひとつだし、カラヤンは綺麗に流れすぎて食傷気味。  

第5番ハ短調作品67「運命」 : イゴール・マルケヴィッチ指揮ベルリン交響楽団
こんなCD出てたの。 私も偶然中古レコード店で見つけました。 「春の祭典」で見事な指揮を見せているマルケヴィッチ(右手と左手を振り分ける異才でした。)、実は、第九「合唱付」には、マルケヴィッチ改定版というのがあるくらいベートーヴェンに造詣深かったのです。 冒頭から一粒一粒の音に色彩があってそれをアンサンブルで聴かせる異色のCDです。 ライナーよりも、グイグイ来るかも。  

第5番ハ短調作品67「運命」 : ピーター・ティボリス指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
こんな指揮者知らない?  はい、私もよく知りません。 でもこの「運命」は、かのグスタフ・マーラー編曲版なのです。 もちろん4管編成に増大されたオケは、「マーラー作曲 ベートーヴェンの主題による交響的スケッチ」とも言いましょうか。 しかし、指揮者を目指す人には、マーラーがベートーヴェンの「運命」をどういうフレージングで捕らえていたかを勉強するにはよい題材です。 ちなみに、マーラー編曲によるシューマン交響曲全集というのもあります。  

第6番ヘ長調作品68「田園」 : カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ドイツ・グラモフォンから出ているスタジオ録音ではなく、1977年来日時のNHKホールでのライブ録音。 この日はプログラムのもう一曲、第5番「運命」はテンポも不安定で難ありですが、この日の「田園」は見事な演奏で、冒頭のヴァイオリンの主題から聴く者を幸せにしてくれます。

第7番イ長調作品92 : カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
昨年惜しくも亡くなったクライバー。 レパートリーの少ない指揮者でしたが、このベト7と「こうもり」序曲は十八番でした。 1976年の録音ですが、未だに色褪せません。 作曲家ワーグナーがこの交響曲を「舞踏の賛歌」と評したくらい躍動的なリズム感は、たとえ第二楽章のアレグレットにおいても同じです。 クライバーは、父エーリッヒゆずりの抜群のテンポ感とリズム処理で、それでいて肩をいからせていない感じでドラマ性のあるベト7を実現しています。 第二楽章の終結部でヴァイオリンを楽譜指定のアルコではなく、ピチカートにしているものチャーミングです。 クライバーは、バイエルン国立歌劇場管弦楽団と1983年11月7日にライブ録音した「田園」も発売されていますが、こちらも一聴の価値ありです。 オケは時々淀んでいるところがありますが、「木を見て森を見ず」にならない大きなキャンパスの上に描かれた「田園」が楽しめます。  

第9番ハ長調作品125「合唱付」 : 佐渡裕指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
「第九」といえば、日本で年末の定例行事みたいなところがありますね。 ここでは、佐渡ヤンが、暑い6月に横浜みなとみらいホールでライブ録音したそれはそれは熱い演奏。。。 どうってことないのかもしれませんが、時にはこういう熱い燃えた演奏を聴くと元気出ます。 私自身チェロ奏者として、「第九」はかれこれ30回くらい演奏しました。 何回弾いても満足できない、精神的にも肉体的にも難曲です。 逆に、生の「第九」演奏会に行ったのは一度だけなんです。 

日本人演奏という点では、小澤征爾指揮ニュー・フィルハーモニア管弦管弦楽団が大昔、レコード芸術のレコード・アカデミー賞日本人演奏部門というのに選ばれましたが、指揮者以外は全員日本人ではないのに不思議ですよね。  

同じ邦人演奏の中で「第九」の変り種では、堤俊作指揮東京シティ・フィルの「日本語の第九」(なかにし礼訳詩)が昨年末に再発売されました。 これが、マルケヴィッチ版を使っています。堤氏にしては、ゆったりとしたテンポ。 堤氏ならもっといろいろと手の込んだことをするかなと予想していたので少し肩透かしをくらった感はありますが、どっしりと仕上がっています。 

日本人にとって特別な「第九」ではありますが、なかなか印象に残る演奏がないというのが正直な感想です。 どれも第四楽章の合唱(特に日本のプロ・オケの演奏会でもほとんど市民合唱団か参加していて落ち着かない)が入った途端大味になるか、小さくまとめすぎて構成力に欠けるというように帯に短し襷に長しです。 

2005年12月に堤俊作氏が小兵ロイヤル・チェンバーロオーケストラを率いて、室内楽的な「第九」を小編成のプロ合唱団と一緒に企画しています。 今迄手垢にまみれた「第九」のイメージを一新するような演奏を期待できそうで、楽しみです。

このようなベートーヴェン交響曲計9曲。どれから聴くか楽しみですね。 高校3年生のちょうど今頃、寒い夜にお袋が作ってくれた夜食の鍋焼きうどんを食べながら、一休みしてベートーヴェンの交響曲9曲を日替わりで聴いていました。 鍋焼きうどんとベートーヴェンの交響曲って何故か相性いいんですよ。やはり、ベートーヴェンって人生を語っている音楽だから、悩める受験生にも合うのかも。。。

 

 


癒しのCDシリーズ その一

 

今週は、海外出張中でして、シアトル近郊のホテルの部屋でこのブログを書いています。 最近は、米国のホテルの各部屋で高速インターネット接続サービスを無償で提供しているところが多くあり、私のような出張者には大変便利ですね。 今回は、昨年年末に購入した買った2枚のCDをご紹介したいと思います。

倉本裕基さんのピアノで癒し系のアルバム「ハートストリングス」

栗コーダーカルテットのアルバム「蛙のガリアルド」

これらは、純粋クラシックではなく、癒し系とか、ヒーリング系とか、クロスオーバーとか、イージーリスニングとか言うのでしょうか。 でも、聴いていて満足するアルバム、幸せにになる曲は、ジャンルを問わずいいものですね。私はボーカルが入っているものはあまり得意でなく、今回は全てインストルメンタルものです。気楽に聴いて心が和む私の愛聴盤となりました。(この中から無人島の10枚に選びたいものもあります。) 電車や飛行機の中で聴くもよし、寝る時のBGMとしてもよし、皆さんお好きな聴き方をしてください。  

自分の趣味でチェロを演奏することもあり、クラシックのCDを聴いているとついつい低弦に耳がいってしまいます。 また、コンサートに行っても演奏したことがある曲の場合、気がつかないうちに右手を楽器の手板(弦が張ってあって音程を採るために指で押さえるところ)代わりにして、左手の指を乗せて、運指をしてしまいます。 コンサートに一緒に行った家族からみっともないから止めなさいと毎回注意されてしまいます。  

そういう意味で、今回ご紹介した2枚は、別にオーケストラでもないしチェロの曲でもないので、安心して音楽を楽しめるわけです。 

本来ならば、それぞれのアルバムのジャケット写真を掲載すれば有効なのでしょうが、私がレコード会社から商品案内用画像としての許諾を頂いていないので掲載していません。ご容赦ください。。。では、それぞれについての感想を少しご紹介してみましょう。

ハートストリングス/倉本裕基

倉本さんは、音楽大学でピアノや作曲を勉強されたのではないと伺い何故か親近感が沸きます。 日本のクラシック音楽界は、桐朋学園や東京芸大の卒業生が中心ですが、考えてみると野球やサッカーのプロ選手のために、野球大学とかサッカー大学というのがないのに何故かプロの音楽家のために、音楽大学はあるんですよね。 でも体育大学はあるぞと叱られるかもしれませんが。(別に音大を否定しているのではなく、私自身羨ましく思っているのです。。。 ちなみにマエストロ朝比奈隆も音大ではなく、京大出身。) 倉本さんの音楽は、「自然」や「ロマンス」を主題にしていて聴いていて心が洗われる地球音楽という感じです。 既に何枚もオリジナルCDをリリースしてらっしゃいますが、今回のCDは室内オーケストラとの共演で表現力の奥行きが更に広がりました。 ジョージ・ウィストンのピアノもいいけど、私には軽すぎて、倉本さんの哀愁を秘めたピアノ・タッチが、より心に響きます。

蛙のガリアルド/栗コーダーカルテット

かわいいジャケットに惹かれて衝動買いした1枚。 でも、買ってよかった! 最近の廉価盤は、ジャケットがつまらないのが多いです。 CDの中の音楽とともに、ジャケットも重要な要素です。 その意味で、音楽のオンライン・ダウンロードでは、物足りないというのが正直な個人の感想です。 この栗コーダーカルテットというのは、リコーダー奏者4人で結成されたカルテットです。 もともと4人とも、日本のポピュラー・ミュージックで活躍されていた方ばかりだそうで、何気にリコーダーを持ち寄って編成したユニットです。 私達も小学校の音楽の授業で習ったリコーダー。 単純な楽器なのですが、このCDを聴くと実力のある個人の演奏技術と気心知れた仲間でのアンサンブルで創作された音楽に惹かれます。 ほのぼのとしたリコーダーの音が暖かくて、CDを聴いた後、黙って小学生の息子の部屋に忍び込み息子のソプラノ・リコーダーをついつい吹いてしまいました。。。

これ以外にも、癒し系をはじめとするイージーリスニングCDにハマっているので、別の機会にご紹介しますね。

   


がんばっていきまっしょい!

 

今回も私の高校時代の話です。 私が卒業した高校は、愛媛県立松山東高等学校というところで、前身の旧制松山中学は、かの夏目漱石が教員として勤務しており、小説「坊ちゃん」の舞台となった高校です。私が高校3年生の時に、創立百周年を迎えました。  

この高校で現在もよき伝統として受け継がれているのが、「がんばっていきましょい!」という掛け声です。体育の授業でも、運動部で校外をランニングする時でも、はたまた各種学校行事において、何かあると全員の気持ちを引き締めてチームワークを喚起するために、  

リーダー「東高っ。がんばっていきまっしょいっ!!!」

全員 「ショイ!」

リーダー「もひとーつ、がんばっていきまっしょいっ!!!」

全員 「ショイ!」  

というエールのやりとりをするのです。 なかなか文字で表現すると雰囲気でないのですが。。。  

もしご関心ある方は、田中麗奈主演の東映映画「がんばっていきまっしょい」のビデオをご覧ください。  

実はこの映画、私の母校がモデルなんです。 と、いうより我が校の女子ボート部の後輩が書いた小説が映画化されたもの(敷村良子著作マガジンハウス発刊 小説「がんばっていきましょい」)です。 主演の田中麗奈ふんする主人公悦子は、映画の設定では、私と同級生ということになっています。 映画のワンシーンで、担任の先生が、「お前らの年から共通一次試験が始まるんだからしっかりせんといかんゾ。」というような台詞がありますが。 私も何を隠そう大学受験は、共通一次試験の初年度でした。 この映画の中で登場する、三津浜の海岸、伊予鉄道の電車、学校の制服(夏服と冬服)ともみんな本物です。 もちろん、母校でのロケもありました。 懐かしいです。。。  

高校3年生の8月の暑い日、担任のS先生(現在は、昨年の春の選抜高校野球で見事初出場で優勝した済美高校で教鞭をとっていらっしゃいます。)の家庭訪問がありました。 母親と二人で神妙な面持ちで面談を受けていると、いきなりS先生が、「平井、博多美人て知ってるか? 福岡はいいぞー。九州大学を受けろ。」とおっしゃったのです。 少し無理があると思える「博多美人と九大」を関連付けた強引な論理でした。 でも、「博多美人」という言葉の響きに釣られて、憧れの東京進出を断念し、共通一次試験を経て、最終的に福岡に行くことになるのでした。 大学時代のお話は次号からに譲ります。

こうして大学受験勉強に勤しんだ(本当は遊んでばかり?)この頃、凝っていたのが、  

ブラームス作曲 交響曲第1番ニ短調作品68」  

最初に買ったLPは、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の60年代の録音(ドイツ・グラモフォン盤)。 このLP、帰宅して直ぐLPジャケットから出した瞬間床に落としてしまい、大好きな第4楽章のところにキズがついて音が変になった大ショックを受けたことを記憶しています。 ロマン派の大家ブラームスが、21年の年月をかけて43歳にして始めて作った交響曲。 ブラームスのレゾンデートルを彼が世に問うた楽曲です。 生涯でたった4曲しか交響曲を作曲していないブラームスの慎重なまでのアプローチと信念に共感します。 

ティンパニとコントラバスを伴った、全ての楽器が絡み合いうねるような第一楽章のUn Poco Sostenuto。 第二楽章の最後のヴァイオリン・ソロとホルンの優雅で幸福なメロディー(でもこのヴァイオリンのソロでこれぞという完璧な演奏を聴いたことがなく、それくらい音符から音楽にすることの難しさなのでしょうね。)。 第三楽章のチェロ・パートは、よくプロのオーケストラのオーディションに出題されるくらい、精密なリズムと音程を要求されます。 第四楽章は、ベートーヴェンの第九の歓喜の歌にも似た弦楽器の主題が中心となり、壮大で情熱的なクライマックスを迎えます。 このコーダでのティンパニの連打が私は大好きで、昔はこの部分だけ試聴させてもらい、好き嫌いを判断していたほどです。  

前述のカラヤン盤に加えてよく聴いていたのが、ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルの楷書的で端正な演奏、ロリン・マゼール指揮クリーブランド管弦楽団(確か、この録音では第一楽章で楽譜指定どおりリピートしていたはず)のロマンテックさと古典が共存したアンサンブルの精度の高い演奏、小澤征爾指揮ボストン交響楽団(第四楽章コーダで楽譜にないティンパニを追加している)のさわやかで透明感と広がりのある演奏。  

昨年購入したCDでは、ベルナルト・ハイティンク指揮ドレスデン・シュターツカペレによる2002年9月のライブ録音。 主席指揮者就任記念の演奏ですが、久々にハイティンクの冴えた棒がドレスデンの伝統とともに蘇ったという感じです。 (ハイティンクは、70年代のアムステルダム・コンセルトヘボウと録音したブラ2もいいです。) また、マエストロ朝比奈隆が小兵大阪フィルではなく、新日本フィルハーモニー交響楽団とリリースしたブラームス交響曲全集の中の第1番も、骨太でいい演奏です。 特に、コテコテの関西弁を新日フィルがうまく中和してまとまりのあるアンサンブルを聴かせてくれます。  

私にとってのこの曲のイチ押しは、シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団のCDです。 昔LPで出ていたものがCDとして東芝EMIから1,700円という廉価盤で再発売されました。 オザワのブラ1は、このミュンシュの影響を受けているのではないかと思います。 一言で、激しい情熱をぶつけている演奏。 少しデフォルメし過ぎと思われるかもしれない演奏ですが、曲自体がよく作られているので、こういう演奏でも全くいやらしさを感じさせません。 むしろ聴き込むと他の演奏が薄っぺらに感じます。 私の大好きなティンパニの連打もスゴイ迫力で、爽快です。一度お聴きになってみませんか。

 


ウィーン・フィル来日公演と巨匠カール・ベーム

 

2004年は著名な外国オーケストラがこぞって来日しましたね。 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が同じ11月に来日したのには驚きました。東京都内の観光地とかバーとかで、ウィーン・フィルとベルリン・フィルのメンバーが遭遇するなんてこともあったかもしれません。 東京は、今世界のクラシック音楽シーンの中心にあるといってもよいでしょう。 

私は、昨年11月19日に、サントリーホールでワレリー・ゲルギエフ率いるウィーン・フィルのチャイコフスキー交響曲第4番を聴きくチャンスがありました。 仕事で多忙を極めていた中で、艶やかな弦楽器の音色と哀愁のある木管楽器の響きをベースとしてゲルギエフの作り出す骨太の音楽にどっふりと自分の身を置いて楽しみました。 ゲルギエフは、楽章の切れ目をほとんど取らず緊張感を保ち、ほとんどアタッカで次の楽章をつなげていたのが印象的でした。 第1楽章冒頭のホルンのファンファーレが濁った和音になっていたと感じたのは私だけでしょうか。 事実、ゲルギエフがアンコールの時にホルン・パートだけスタンド・アップさせなかったということは、私の耳も正しかったのかもしれません。 

 

世界超一流のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。 私が初めて生で聴いたのは、中学3年生の時です。 その年、ウィーン・フィルは巨匠カール・ベームと新鋭リッカルド・ムーティの二枚看板で来日しました。 松山市民会館での演奏会は、リッカルド・ムーティの指揮で、ロッシーニ「セミラミーデ」序曲、シューベルト交響曲第5番、ブラームス交響曲第4番という聴き応えのあるプログラム。 

当時ムーティは、まだ若手指揮者と言われていた頃でイタリア系のイケメンといった印象でした。時々左手で落ちてきた前髪をかき上げて、背筋をピンと伸ばして下目使いにオケをコントロールするカッコイイ指揮ぶりに惚れ込みました。 演奏としては、チャーミングで躍動感のある「セミラミーデ」が大変印象に残っていますが、ブラームスはもっと哀愁のあるどっしりしたウィーン・フィルの音を期待していたので、早いテンポでどんどん前に進むムーティの音楽に馴染めなかったと記憶しています。  

ムーティの音楽ってどういうものか興味はありましたが、当時は、ヴェルディの歌劇「アイーダ」とケルビーニの「レクイエム」くらいしかLPが発売されておらず、シンフォニー・オーケストラ・ファンとしては、あまり馴染みのない指揮者でした。 やはり巨匠カール・ベームでウィーン・フィルを聴きたかったなあとの思いが募っていったわけです。

その憧れの「ベーム&ウィーン・フィル」の演奏会に行くチャンスが2年後に訪れたのでした。 高校2年生の時、巨匠カーム・ベームがウィーン・フィルとの組み合わせでの2度目の来日を果たしたのでした。 行きつけのマルイ・レコード店で、募る思いを話していると、馴染みのクラシック・コーナー担当の店員さんが、この東京公演のチケットを手配してあげるとのこと。 (当時は、公演チケットのオンライン販売なんてありません。地元の公演であれば、徹夜して並んでも購入する方法はありますが、東京での公演チケットとなると、コネというか知り合いがいないとチケット入手の手段がなかったのです。)  

でも、東京???  以前のブログ記事にも書きましたが、東京は中学校の修学旅行でしか行ったことはありません。 しかも、今度は一人旅。 しかし、巨匠ベームの年齢を考えると、次いつ来日するか分からない。 悩んだあげく、両親に相談しました。 これって、営業活動と同じで、ロジカルなジャスティフィケーションとネゴシエーションが要求されます。 まず、何故今回でないといけないのかという疑問に対しては、「ベームの年齢を考えると最後の来日かもしれない。」という回答。 費用はどうするのかということに対しては、今迄貯めたお年玉と翌年(来日は、3月でしたので。)分を前借りすることでなんとか交渉。 その上に万全を期して、家族で銀天街商店街に買い物に行った時何気に行きつけのマルイ・レコード店に親を連れて行き、レコード店のおじさん達からも、強力なバックアップのメッセージ。こうして、家族会議の正式承認を経て、1977年3月12日の東京NHKホールでのカール・ベーム&ウィーン・フィル来日公演に行けることになったのです。

思い出の1977年3月12日。 この日は、所属の軟式テニス部の練習を休ませてもらい、夕方松山空港から羽田空港へ。 つめいりの黒の学生服にアディタスのビニールのボストンバッグという姿。 このボストンバッグの中には、演奏終了後、巨匠ベームに渡すための花束が入っています。(お袋のアイデアで、お袋が黙って準備してくれました。)  

羽田空港からモノレールと山の手線を乗り継いで渋谷へ。 夕刻のラッシュアワーと重なり、混雑した電車の中で、ボストンバッグに入っている花束がつぶれないことだけを考えて、黙って高校2年の私はNHKホールを目指しました。 なんせ、東京は人生で2回目。 普段満員電車などない坊ちゃん松山の田舎者ですから、NHKホールに到着するまでドキドキでした。  

さて、いよいよコンサートの始まりです。 私の席は、1階の前から十数列の中央。 プログラムは、モーツァルト交響曲第29番、リヒャルト・シュトラウスのドン・ファン、そしてブラームスの交響曲第2番です。 チケット購入以降、スコア(総譜)も買って聴き込んだ曲目で、準備万端です。 さて、ベームがどのような音楽を紡ぎだしてくれるのか。  

冒頭のモーツァルト。 ヴァイオリンのシルクのような音色。 最初のイ長調のオクターブ下降の四分音符で始まる首題は、高貴でこの上なく魅力的でした。 管楽器編成は、オーボエ2本とホルン2本だけというモーツァルトのこの曲。 ウィーン・フィルのオーボエとホルンは、他のオーケストラと違うウィーン伝統の楽器を使用しています。 それも相まって至極の音楽が私の目の前で(いや耳の前?)で現実となっているのでした。  

続く、「ドンファン」。 リヒャルト・シュトラウス自身1919年からウィーン国立歌劇場の音楽監督を務め指揮者としても活躍したウィーン・フィルの歴史と大きく関わった作曲家です。 先程のモーツァルトとは全く違い、煌びやかで官能的なドンファンがNHKホールを埋め尽くしました。 ベームは、カラヤンのそれと違い、この交響詩の脂身をそぎ落として音楽の芯を強調するかのような演奏でした。  

いよいよ、休憩をはさんでブラ2(オケ仲間では、ブラームスの交響曲第2番をこう呼びます。もちろん、第1番は、ブライチ。) 休憩時間に、松山空港から張り詰めていた気持ちをほぐすために、カフェ・コーナーでオレンジ・ジュースを買って、緊張でカラカラになった喉を潤しました。 今なら、オレンジ・ジュースではなく、シャンパンかワインでしょうけど。 そしてこの休憩時間に、ベーム&ウイーン・フィル演奏のモーツァルト歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」のカセットテープ3本組のアルバムを購入したのを覚えています。 何故、交響曲でなくてオペラだったのか、何故聴いたこともない「コシ・ファン・トゥッテ」だったのか今では思い出せませんが、何か記念になるものをと思ったのでしょう。  

お話を戻して、ブラ2。 それは感動的という言葉では表現し足りないもの。 第1楽章のチェロとコントラパスの四部音符に支えられて登場する天国からのホルンの音色。第2楽章のチェロの苦悩の首題。第3楽章のちょっとお茶目なオーボエとそれを支える弦のピツカート。 第4楽章は、トランペットの大見得に続く、金管の下降音形の組み合わせによるフィナーレ。どこをとっても、LPでは味わえない生きた音楽なのでした。 ベームのブラームスは、ウィーン・フィルの伝統を基盤として、迷いがなく確信に満ちていて堂々としたものと言えるでしょう。 これも、ウィーン・フィルとのコンビだからこそ成しえた演奏だと確信します。  

最後の音が鳴り止んだ後、私は呆然としてしまい、しばらく余韻に浸り拍手をすることができませんでした。 このブラ2の演奏は、正に天国のシンフォニーだと思います。 ブラボーの声に感化されて、かつ来日の最終コンサートということもあったのでしょう、アンコールは、ワーグナーの「ニュルンベルグのマイスタージンガー第1幕への前奏曲」と、ウィーン・フィルの十八番、ウィンナ・ワルツから「美しき青きドナウ」の2曲という大サービス振りでした。  

さあ、さあいよいよカーテン・コール。 もうアンコール曲の時から、アディタスのボストンバッグから花束を取り出し、今か今かとそわそわしながら、そして同時にどうやって舞台のところまで行って花束を渡せばいいんだろうと悩みながら席に座っていたのでした。 そうすると、お隣に座っていらっしゃった見知らぬ中年男性の方が、「さあ、行っといで。」と席を立ち道を開けてくださり、私は会場で割れんばかりの拍手が続き、ウィーン・フィルの楽員が起立して、べームが舞台袖から何度もカーテン・コールで指揮台に戻ってきている中で、花束を渡したのでした。 実際は、コンサート・マスターのライナー・キュッヒルさん経由でべームに私が松山から大切に持ってきた花束が渡ったのでした。 NHKホールで、鳴り止まない拍手の中、美しい女性ではなく、私のようなつめいり学生服の坊ちゃん松山の高校生が花束を持参したことそのものが滑稽に映ったかもしれませんね。 しかし、本当に体全体でもう大感激!!! この時の私の気持ちは、冬ソナ(冬のソナタ)のヨン様を成田空港でひと目見ようと何時間も待ち続けているヨン様ファンが、ヨン様を見つけた瞬間のドキドキ感の気持ちと共通するところがあるかもしれません。  

感動的なコンサートのその夜、私は都内の公務員用宿泊施設に泊まり、肌寒い和室でうすっぺらいふとんを敷いてもらい、床についたのでした。 でも、耳の奥に先程までのウィーン・フィルの演奏がCDプレーヤーの音量1くらいの小さな大きさでかすかに響き続けて、興奮で寝付けなかったのでした。 

実は、上記と同一プログラムによる前日の3月11日の東京文化会館での演奏がTDK社からライブ録音でCD化されています。(TDKOC-005とTDKOC-006です。) 私は、ブラ2は売り切れだったのでまだ持っていませんが、モーツァルトとドンファンの前半のプログラムとブラ2のリハーサル風景の入っているCDを持っています。

自宅のオーディオ・セットで聴いてみてビックリ。 前述のような印象ではなく、モーツァルトは、響きは美しいけれど、テンポ感が定まらない。 ドンファンは、乾燥したトランペットの響きに閉口し、ヴァイオリンのTutti演奏の乱れも発見と。  

もちろん、私が生で聴いた3月12日のライブ録音ではない前日の演奏で、しかもコンサート会場も違うのでそんなことはない、高校2年生の私の耳は正しかったはずと言いたいのですが。。。  

本当にすばらしい名演は、ライブでこそ生きるものであり、その会場で時間と空間を共有した者だけが享受できるものであるから、CDのような音源には入りきらないのであるとも言えるでしょう。 一方、人は過去の思い出を美化しがちです。高校時代の思い出を知らぬ間に美化してしまっていたのでしょうか。  

デジタル技術の進歩は留まるところを知りません。 これから昔の録音がリマスタリングされどんどんCD化されることも予想できます。 人間の心の中のアナログ的な思い出を、デジタルの世界でどうトランスレーションされていき、どうそれぞれの人生の中でバランスしていくのでしょうね。。。

 

 


朝比奈隆との出会い

 

愛媛県立松山東高等学校2年生のときから、マエストロ朝比奈隆にぞっこん惚れ込み、渋谷じぁんじぁん製作のブルックナー交響曲第8番ハース版の購入(前号参照)を機に、ブルックナー指揮者としての朝比奈先生を崇拝し、私は日本ブルックナー協会に入会したのでした。 この協会では、私なんて比較にならない程の「ブルックナーおたく」があらゆる演奏とその楽譜(ブルックナーは、作品が完成された後も何度も手直しを行い、複数のバージョンが存在する。)を研究していたのでした。  

ハンス・クナッパーツブッシュの老齢な演奏、カール・シューリヒトのスマートで壮麗な演奏、ルドルフ・ケンペの5番での快演、レコード芸術のレコード・アカデミー大賞をとったカール・ベームの「ロマンテック」などなど。。。 この時期、私はブルックナーに関しては巨匠フルトヴェングラーには手を出しませんでした。   

昨晩自宅で数えたら、ブルックナーの交響曲第8番だけで、23種類のCDを保有していました。(うち、1枚は、私自身がチェロ奏者として演奏しているアマチュア・オーケストラ俊友会管弦楽団のウィーン学友協会ライブ録音です。)その上に現在インターネットで手当たり次第に、新しい4種類の同曲のCDを注文中です。 このあたり、「ブルックナー指揮者」を語らせると止まらなくなるので、このお話は別の機会に譲りましょう。。。  

さて、朝比奈先生にお話を戻しますが、前述の渋谷じぁんじぁん製作の朝比奈隆のブルックナーのLPは、単独の2枚組第8番リリースの後、後期交響曲集として第7番、8番(同一録音)、9番の3曲セットが発売になりました。 続いて、カートンボックス入りのブルックナー交響全集が発売になったわけですが、私は、いずれも叔父に頼んで叔父の東京出張時に直接購入してもらった次第です。 郵送してもらってLPが割れたら困るということで仕事で忙しい叔父にねだって大切にハンドキャリーしてもらったのでした。 今なら、インターネットで簡単に発注できるわけですが、当時は人海戦術しかなかったんですね。。。 こういうわけで、何度もお話している朝比奈隆のブルックナー第8番の同一録音LPを3セット持っていることになります。 これらのLPは、今は徳島の私の実家に大切に保管されています。 

この後、朝比奈隆フィーバーは、しばらく留まることを知らず、大阪フィルとの演奏でベートーヴェンの交響曲全集とブラームス交響曲全集(いずれもビクター製作)と発展していきました。 ベートーヴェン交響曲全集は、特に第3番「エロイカ」と第5番「運命」が印象的でした。 「運命」の第四楽章冒頭でティンパニが高揚し、タイミングを待ちきれず早く入っているのも今となればご愛嬌です。 それにしても当時の大阪フィルのティンパはいつも迫力ありましたね。 同演奏でのブラームス交響曲第1番の第四楽章のコーダのはちきれんぱかりのパンチの効いたそれは、シヤルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団の東芝EMIの往年の名演に勝るとも劣らないものだと思います。 楽譜に忠実にかつインテンポを貫くマエストロ朝比奈隆の作る音楽の流れの中で、ティンパニが要所要所で重要な役割を果たしているのです。 

実は、朝比奈隆指揮大阪フィルのベートーヴェン交響曲全集は、この1970年代のビクターのライブ録音が最初ではなく、それよりずっと前に、学研(株式会社学習研究社)から発売されているのです。 古びた録音ですが、実直で骨太な演奏は、今でも十分通用すると思います。 この学研から発売された初代ベートーヴェン交響曲全集は、当時ご近所に住んでらして母の知人で、子供達に人気のあった「科学と学習」(皆さんも変てこりんな理科の実験に没頭したことを覚えてらっしゃいませんか?)を販売していた方経由で何とか廃盤前に入手したのでした。 今、思い出しましたが、このLP全集は、大学時代の先輩でS製作所勤務で現在シンガポール在住のO先輩に貸したままでした。 もう20年にもなるけど大切に保管していただいているのでしょうか。。。

最後に、朝比奈先生との思い出として、、、

①大阪フェスティバルホールでの朝比奈先生の大阪フィル「第九」演奏会の終演後、楽屋で指揮棒を見せてもらったら、ヤマハなどの一般の楽器店で売っている数百円の木製のものでした。。。 数百円の棒から出てくる世界的音楽ってスゴイ。  

②10年程前、神戸市東灘区に住んでいた時、夜中に腎臓結石の痛みのために救急車で神戸の山の手の某救急病院に担ぎこまれた経験があります。 それは痛くて痛くてたまりませんでした。 入院一夜明けて先生の診察を受けた時、「結石を早く治すには、ビールをたくさん飲んで縄跳びしなさい。」と言われました。 本当か?とその主治医の先生を疑りぶかい目でみたのですが、待合室の隣の席にいたのが、なんとマエストロ朝比奈隆だったのです。 マエストロがかかっている医師と同じだったら信用できるかなとホッとした次第です。  

次号では、高校3年の時のカール・ベーム&ウィーン・フィル来日について書いてみたいと思います。

 

 


無人島の10枚とマエストロ朝比奈隆

 

さて、高校(愛媛県立松山東高校)に入学した私は、相変わらずクラシック音楽とクラブ活動のテニスと受験勉強(と、恋愛???)に忙しい毎日でした。 この頃、クラシック音楽誌「レコード芸術」で「無人島の10枚」(3枚だったかもしれませんが。。。)という話題が載っていました。 これは、もし無人島に行くなら、自分のディスコグラフィーの中からどの10枚を持っていくかというものでした。  

中高時代の私にとって、前号でも書いたとおり、1枚1枚のLP全てが宝物であり、思い出あるものでしたので、10枚から洩れたLPがかわいそうなんて思っていました。 でも、授業中つまらない時には、ノートに自分なりの「無人島の10枚」を選んでは消し、消しては再考しとしているうちに十分授業中の暇つぶしになりました。今、この10枚を選ぼうとしたら、当時と全く違うディスクとなるかもしれませんが。

高校二年の時に、修学旅行がありました。 当時は、学年で関東・東京コースと九州コースの中から自由に選択する方式でした。 私は、九州は中学校の修学旅行で行っているし、夏目漱石の「坊ちゃん」ゆかりの松山の田舎者として、一度は東京に行ってみたいという思いから、迷わず関東・東京コースを選択しました。 当時、憧れだった新体操部のIさんと一緒のコースになることを祈っていたのですが、クラスが違うこともあり私の思いが伝わらず、彼女は九州コースを選択。そんなわけで、何か切ない思いを胸に修学旅行に出発したのでした。

旅行の後半、いよいよ東京観光です。 観光バスの窓越しに見た銀座は、それはそれは、純粋な田舎者坊ちゃんの目には、大都会に見えました。 ずっと後に大人になって読んだのですが、同郷の徳島出身の作家・漫画家の柴門ふみさん(東京ラブストーリーで有名)が、やはり修学旅行で東京に行った時の感動をご自身のエッセイの中で、「銀座も徳島の東新町商店街もよく似たものだったけど、びっくりしたのは、どこまで行っても東新町商店街が続いているってことでした。」と書いていらっしゃったことが思い出されます。 正に坊ちゃんゆかりの松山の田舎者としては、銀座の三越あたりからずっとすごいお店が延々と並んでいるのを見て、感動したというより、今までの松山の銀天街と大街道はなんだったんだろうと自分の青春の場所に対する答えを見つけられなかったという感じでした。

観光バスから降りていよいよ自由行動です。 銀座に立った私は、まるで英語がしゃべれずニューヨークの五番街に立っているみたいな雰囲気でした。 私は、バスの中から偶然銀座三越の向かいにある山野楽器店を見付けていたので、迷わずそのに入ってみました。 普段、松山の銀天街商店街でお世話になっていたマルイ・レコード店の売り場とは比べ物にならない数のLPがずらっと並んでいます。 これを1枚ずつ見るだけでも限られた自由時間は終ってしまうくらいの量でした。 当時、アルファベット順に作曲家別に在庫されていたLPを「A」から順番に見ていったその時、「B」のところにBrucknerのところであるLPニ遭遇したのです。そのLPとは、、、

「朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団のブルックナー交響曲第8番ハース版」(渋谷じぁんじぁん製作)でした。

まだその頃は、ベートーヴェンからブラームスに進んで、チャイコフスキーやシューベルト、シューマンあたりの作曲家を好んで聴いていた頃で、まだブルックナーは未知の世界でした。 前号でご紹介した親友T君がブルックナーの世界に足を踏み入れていたこともあり、少し焦りを感じていた頃でした。 フルトベングラーやシューリヒト、クナッパーツブッシュというような大指揮者のモノラル録音のLPに混じって、朝比奈隆の姿を描画したさし絵が表にあるブルックナーの深緑色のジャケットは、何故か私の手から離れることはありませんでした。 何か運命的な出会いを感じたそのジャケットを松山まで持ってかえらなければという使命感さえ感じて、当時の持参した全てのお小遣いをはたいて迷わず購入したのです。これで、両親や弟への修学旅行のお土産はなしです。

さて、修学旅行を終えて帰宅した私は、ひとり静かにそのLPに針を落としたのでした。 正直最初の数回は、退屈な音楽が私の前を通り過ぎるだけでした。 それでも我慢して毎日毎日聴いているうちに、ある日、この難題に曲に開眼したのです。ライナーノートに朝比奈隆自身が書いているように、「人の手が触れることもなく何かしらいかめしく近付き難い分厚い交響曲」、「頁をめくることがあっても単調で生硬なその総譜は何もかたりかけてはこなかった。」、「ベートーヴェンのように激しく迫るものもなくモーツァルトのそれのように美しく流れもしなかった。」とやはり、とっつきにくい作曲家であったのです。 今でこそ、ブルックナー・ブームであり、来日オーケストラも好んでブルックナーの交響曲をコンサートで取り上げられるようになりました。 日本のブルックナー・ブームは、朝比奈隆が作ったといっても過言ではないでしょう。

さて、このLP(現在CDとして全集で発売されています。)ですが、私にとって正に無人島の10枚のうちの1枚です。 朝比奈隆は、生涯で同曲を何度も録音しています。 私も、同じ大阪フィルの別録音をはじめとして、NHK交響楽団への客演、新日本フィルとの録音などいろいろ取り揃えていますが、何故か気がついたら聴いているのが、この渋谷じぁんじぁん製作の1976年8月23日の神戸文化ホールでのレコード用ライブ録音です。

第一楽章から透明感があり、神経質なところが全くなく、音楽が自然と流れます。 時には神秘性まで感じます。 アダージョ楽章では、安心して朝比奈ワールドに身を任せることができます。 フィナーレ(第四楽章)では、冒頭金管楽器と弦楽器のTuttiの間にズレが生じていますが、ずっとこのディスクばかり聴いていると。 これは演奏上のミスではなく、変にこうあるべきなんだなんて納得してしまい、他の正しい演奏を聴くと逆に物足りなさを感じてしまうくらい中毒になっています。 

ノヴァーク版の楽譜もいいですが、ハース版の方がシンプルで指揮者の音楽観をストレートに表現できるような気がします。 言い換えると、ハース版では指揮者の未熟さをごまかせないとも言えます。(ノヴァーク版の演奏で大好きだったジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団のCDが廃盤になってしまい、買いそびれてしまいました。どなたかお持ちなら、是非聞かせてください!!!)

無人島の10枚のうち、もう一枚は、何故かビリー・ジョエルのLP「ストレンジャー」です。 私が高校3年生の頃に人気でした。このアルバムの中の1曲「Just the way you are=素顔のままで」は、私のカラオケの十八番です。 ちなみに、前述の憧れの新体操部のIさんに、「この素顔のままで」の歌詞をラブレターに書いて渡したことがあったなぁなんて懐かしく感じます。。。

 


新年のご挨拶

リンクご参考) http://spaces.msn.com/members/yhongaku/Blog/cns!1p_Vin0MO-RvhHKpc80WYOcQ!107.entry

皆さん、新年明けましておめでとうございます。  お正月の三が日いかがお過ごしですか? 私は、久しぶりに自宅でのんびりと(普段、仕事がある日はほとんど土日も出歩いているので、、、)、好きな音楽を聴きながら、おせち料理と好きなワインで、自分の時間を楽しんでいます。  

新しい年を迎えるにあたって、今までやらなかったことを始めてみたいと思い、いろいろと考えた結果、弊社マイクロソフトが提供しているMSNブログ・サービスで、自分の好きな音楽について、演奏会やCDの感想と、それにまつわる思い出について書いてみようと思い立ちました。 音楽と言ってもジャンルは様々ですが、私が中学生の頃から聴き続けているクラシック音楽を中心にお話を進めさせていただき、時々Jazz、Rock、Popなどの分野にも首を突っ込みながら、またおいしいお料理やお酒についても話題を広げることもあると思います。 気楽に自分の音楽にまつわる軌跡を残すことを目的に、それでいて皆さんにも読んでいただけるようなブログになればと思っています。  

私にとってのクラシック音楽との出合いは、中学校時代(愛媛大学教育学部付属中学校/松山市)に遡ります。 その頃、私は軟式テニス部に所属し、毎日汗まみれになって練習に励んでいました。 この中学校自体は、合唱コンクールでも優秀な成績を修めている学校で、音楽との接点は多く、例えば、毎年、愛媛大学教育学部・特設音楽科の学生が教育実習生で滞在している時に講堂(木造で結構歴史のある建物です。)で音楽会が開催されたり、修学旅行で長崎を訪れた時には大浦天主堂で、モーツァルトの「アベベルムコルプス」を全員で合唱したり(一般の観光客も居る中で恥ずかしかった。。。)、卒業式では、ヘンデルの「メサイア」の有名なハレルヤ・コーラスを卒業生が全員で合唱して担任の先生の贈る言葉と一緒に卒業記念レコード(この頃未だCDはありません。)にして配布したりとか。  

また、松山市を本拠地とするアマチュア・オーケストラ愛媛交響楽団が毎週土曜日に、私の中学校の音楽室でリハーサルをしていたのもよく覚えています。 私が始めて生のオーケストラを聴いたのは、松山市民会館でのこの愛媛交響楽団の定期演奏会(故渡邊暁雄指揮)でした。 こうした音楽に関わる環境の中で、親友であったT君(現在愛媛県久万町で歯科医開業)と私は、クラシック音楽にのめりこんでいったのでした。 二人は、「レコード芸術」を毎回本屋さんで立ち読みして、少ないお小遣いでどの1枚のLPを買うか真剣に悩むのでした。 今思い出すと、T君が、カラヤン派なら、私はベーム派、彼がフルトベングラーなら、私は、ワルターをと競って違う音楽観を追求しました。 そして、お互いの家に行って、何時間もLPを聴いてあそこがこうだとか、このパッセージはこの指揮者の方がうまいとか、正にレコードが擦り切れるまで(?)同じLPを毎日聴いていました。  

ちなみに、生まれて始めて買ってもらったLPは、ブルーノ・ワルター指揮の「運命」と「未完成」がカップリングされた1枚でした。 このワルターのベートーヴェン作曲交響曲第5番「運命」は、冒頭の有名な「ダッ・ダッ・ダッ・ダーン」のテーマが1回目の方が2回目よりも長いという特徴あるものでした。(このあたり、「運命」交響曲についての思い出は、別途じっくり書かせていただきます。)あの頃、1枚のLPを買うために松山市銀天街商店街の入り口にあるマルイ・レコード店で何枚も試聴させてもらい、今月の1枚を勇気を持って選んだものでした。 その1枚1枚が少年期の私にとって宝物でありました。 今では、酔っ払った勢いで横浜西口の某レコード・ショップであらゆる分野のCDをオヤジ買いする自分を反省してしまいます。 今も、自宅に封を切っていないCDが何枚も山積みされているし、時々間違って同じCDを購入してしまう自分が情けないです。。。  

次号では、高校時代に朝比奈隆先生に、ハマったお話をしたいと思います。

注記) このスペース(ブログ)に含まれる情報は、個人の見解であって、マイクロソフトの正式な見解ではありません。マイクロソフトは当該見解について一切責任を負いかねますので、予めご了承ください。また、このスペースに含まれる情報は現状のまま何らの保証もなく掲載しているものであり、何らかの権利を許諾するものでもありません。