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番外編:の楽譜について ベーレンライター版 vs. ブライトコップ新版

 
Microsoft presents ロイヤルチェンバーオーケストラ<第九>演奏会の番外編として、ベートーヴェンの<第九>の楽譜に関する私自身の考察について書きたいと思います。
 
コンサート当日の来場者に配布されたプログラムには、シェフ堤俊作氏の書いた「♪ベートーヴェン第九交響曲の演奏に際して♪」と題したレポートが同封されていました。本来、私の曲目解説と一緒にプログラム本編に掲載予定だったのですが、堤氏の原稿が締め切りに間に合わず、別刷りとなりました。これは、指揮者の視点で語るベートーヴェンの楽譜に関する貴重な文章です。メトロノームのこと、ワインガルトナーの提言に関する意見、楽譜のことについての4ページにわたる読み物です。特に使用楽譜に関しては、今回使用したベーレンライター版に加えて、堤氏が従来使用していたマルケヴィッチ版、そして話題のブライトコップの旧版と2005年発行の新版の明確な比較がなされています。
 
堤氏自身、1225日のロイヤルチェンバーオーケストラは、ベーレンライター版を使用し、1227日の静岡交響楽団の<第九>公演では、ブライトコップ新版を使用していました。(静響との演奏会は、同版の日本初演となります。)なお、ロイヤルチェンバーオーケストラの<第九>公演では、私からのたっての希望を聞き入れてくださり、ベーレンライター版の使用となりましたが、本来シェフは、ブライトコップ旧版を基調とし、テンポ設定のみベーレンライター版を参照した独自解釈をほどこすつもりだったとか。この堤氏の貴重なレポートは、再校正後、MSNのロイヤルチェンバーオーケストラのホームページに掲載予定ですので是非ご期待ください。
 
今回の楽譜に関する考察において、私自身、従来から所有していた音楽之友社の古いミニチュア・スコア(記述はないですが、オイレンブルグ版だと思います。この版は、ブライトコップの旧版と近いはずです。)とベーレンライター版ミニチュアスコア(2,800円)に加えて、銀座のヤマハで、プライトコップ新版の指揮者用大型スコア(16,500円は高い・・・)を購入し、比較しました。
 
また参照したCDは数知れず。代表的なものとしては、フルトヴェングラー&バイロイト祝祭管弦楽団、トスカニーニ&BBC交響楽団、小澤誠爾&ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ヘルマン・シェルヘン&ルガーノ放送管弦楽団、朝比奈隆&大阪フィル(学研版)、ロジャー・ノリントン&ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ、ディビッド・ジンマン&チューリッヒ・トーンハレ、飯守泰次郎&東京シティ・フィル、マルケヴィッチ&ラムルー管弦楽団、堤俊作&東京シティ・フィル、堤俊作&ロイヤルチェンバーオーケストラ(1996年録音)などなど。これらのCDは、演奏批評ではなく、あくまで楽譜考察における参考資料です。
 
また、私自身、チェロ奏者として過去数え切れないほど<第九>を演奏する機会に恵まれました。故渡邉暁雄先生の指揮で愛媛交響楽団では、飾らない引き締まったベートーヴェンを。プロ・オケ九州交響楽団にトラ(団員不足を補う客演)で、黒岩英臣氏と小泉和裕氏の指揮で、慣れているでしょうと、たった数時間のリハしかなくて。
 
前置きが長くなりましたが、楽章ごとに楽譜を分析し、最後に私なりの結論を述べたいと思います。
 
第一楽章:
Allegro ma non troppo, un poco maestosoは、どの版も♩=88です。80ではなく88であるところがミソで、不安を掻き立てます。16小節でルバートする往年の巨匠の演奏もありますが、楽譜には全く指定はありません。
 
練習番号B以降で、初めてベーレンライター版とブライトコップ版の違いが出てきます。ベーレンライター版とオイレンブルグ版では、f表記のみの部分でも、ブライトコップ新版では、sfとなっているところが複数個所あります。これは、このあとも随所に登場します。ベートーヴェンの時代、sffの違いは明確でなかったという説があります。つまり、強音を強調する意味であるという点でのみ共通しているということです。ドボルザークの時代になって、fsffpの違いが明確に奏法として表記されはじめたらしいです。(sfは、fから即音を抜く奏法。)しかし、148小節のアウフタクトからの弦Tuttiは、両版で全く逆にsffが付けられています。従来版ではf表記のみであったのが、ベーレンライター版は147小節アウフタクトのみsf、一方ブライトコップ新版は、全くその逆でアウフタクトはfのみで148小節から拍の頭にsfが付いています。だから何なのと言われると困るのですが・・・しかし、同じ音形の417小節アウフタクトでは、ベーレンライター版はsfにせずf表記なので、ベーレンライター版の中でも、何だかつじつまが合ってないように思えます
 
206小節1拍目ウラの八分音符のファゴット、チェロ、バスに、プライトコップ新版のみが敢えてsfを付記しています。ここは実際の演奏では、もちろんリズム上も強調すべき音符です。前述の随所にfsfに変更している点も含めて、プライトコップ新版では、かなり実演奏を意識して改訂していると考えてよいかもしれません。
 
326-327小節は注目です。3・4番ホルンは、ベーレンライター版とブライトコップ新版では音とリズムが全然違います。このブログで楽譜を添付できないので表現が難しいですが、ベーレンライター版では、第2ヴァイオリンとヴィオラ・セクションの動きと呼応した音をホルンに吹かせることになっています。1225日のロイヤルチェンバーの本番では、ここがどうだったか残念ながら覚えていません。同様の違いが、244小節の3・4番ホルンにも登場します。この音符の違いの理論がどこから来ているのか興味深いです。
 
513小節からppで中低弦が神秘的に刻む部分で、20029月、ロリン・マゼールがニューヨーク・フィルの音楽監督就任の記念コンサートで<第九>を指揮した際、チェロ・セクションの半分をコントラバスと同じ音形に変更していたのをはっきりと記憶しています。まあ、皆さんいろいろとやってますね。。。
 
第二楽章:
「苦悩からの脱出」と名付けたいスケルツォ。従来版を使っていた時代も、昔はいろいろと細工がありました。例えば、練習番号Cからの木管楽器の主題をホルン4本にも吹かせたり、276小節のヴァイオリンとヴィオラの音をオクターブ上げて弾かせたり、276小節頭のフルートのB音をオクターブ上げて吹かせたりと。演奏効果を高めるための時代の知恵だったんでしょうね。ワインガルトナーは、338小節からのホルンとトランペットも、四分音符ではなく木管の主題を吹かせて主題を強調しました。
 
楽譜による違いとして、練習番号K2小節前(352-353小節)のティンパニは、ブライトコップ新版がF音の四分音符のみで後は休符ですが、ベーレンライター版は弦セクションと同じリズムをF音のオクターブ跳躍で叩かせます。この違いは、聴いていて結構目立ちます。
 
さて、話題の中間部のPrestoですが、ここの解釈はやっかいです。私の持っている古い音楽之友社刊のスコアは、全音符=116と明確に記述されていますが、ブライトコップ新版はカッコ付きで二分音符=116、ベーレンライター版は指定なしです。新版もうしろの解説には、ドイツ語で全音符=116が正規であろうとの記述があるそうですが、ドイツ語が苦手で読みきれませんでした。堤氏の解釈は、12/27の静響のブライトコップ新版においても、全音符=116というもの。聴きなれた耳には、2倍のスピードで疾風のこどく聴こえますが、私もこの解釈が好き。フルベンをはじめとする往年の巨匠はもちろん、マルケヴィッチも古典的に二分音符=116で演奏しています。シェルヘンも、この時代としては斬新な早いテンポを踏襲しています。ピリオド奏法のロジャー・ノリントンにいたっては、中間部前のStringendoもあまりかけず、Prestoは二分音符=116より遅い、ふたつ振りのかみ締めるようなテンポ感。トスカニーニは、かなり全音符=116に結構近い解釈。そもそもテンポが引き締まった演奏の多い、トスカニーニとすれば自然の流れか。この全音符=116を最も忠実に再現しているのは、ディビッド・ジンマン。小走りで、ちょっと足が引っかかって転げそうになるような雰囲気はありますが。この中間部の解釈がベートーヴェン解釈の本質に通じるような気がします。
 
第三楽章:
Adagio molto cantabile、♩=60で、その後のAndante moderatoで、♩=63というのが、どの版でも共通した指定。朝比奈隆は、♩=34-40くらいのゆっくりしたテンポで、往年の巨匠は、楽譜指定と関係なくこのようなテンポが多かった。事実、私自身が演奏した全ての演奏も、楽譜指定の1.5倍くらい遅いテンポでした。この頃、てっきり楽譜が間違っていて何か私の知らない特別な指定が書いてあるんだろうと勝手に思い込んでいました。しかし、やはり楽譜は正しかったのです。何故、今迄の演奏が全てと言っていいほど、こんなに楽譜を無視して遅いテンポになっていたのか疑問です。
 
しかし、ベーレンライター版を採用したジンマンでさえ、かなり躊躇したテンポ設定となっており、指定よりやや遅い♩=58くらいではじまり、アンダンテで♩=60に上がる程度。堤氏も、12/25のロイヤルチェンバーでは、指定よりちょっと遅かったと振り返っていました。ヘルマン・シェンヘンは、聴きかえすと、♩=60に近い設定で演奏してたいるではありませんか。ただ彼の場合、奇人変人だったので、どこまで理解して振っているか不明ですが。飯守泰次郎は、ベーレンライター版と主張しながら、テンポは巨匠並みの遅さ。「祈り」を表現したこの楽章。正確に躊躇せず、♩=60の演奏を聴いてみたい・・・
 
第四楽章:
冒頭のPrsetroは、ひとつ振りと3つ振りと二通りあります。音楽之友社のスコアでは、付点二分音符=96と特殊です。これは、オイレンブルグ版のみ採用されているテンポであり、ここから、このスコアがオイレンブルグ版に準拠していると勝手に判断しました。この冒頭のPresto部分も昔は、トランペットに八分休止がある2小節からを音を補強する意味で、フルートと同じ旋律を吹かせるとかの細工もありましたね。
 
さて、チェロとコントラバスによるレシタティーボですが、ベーレンライター版にのみ、フランス語で「レシタティーボの正確を持ちながらインテンポで演奏する」との記述があります。音楽之友社のスコアにもあります。どうしても、歌舞伎の大見得のようになりがちなこの部分ですが、最近は、あっさりとテンポどおりに演奏することが多いようです。ベーレンライター版の特徴は、チェロとコントラバスの旋律において、14小節から15小節のB音のスラーがないことと、27小節第3音がA音ではなくG音に変更されている点。後者は、ディビッド・ジンマンもそう演奏しています。この解釈は、大変新鮮に聴こえます。
 
144小節のヴィオラとチェロの二分音符ふたつのスラーが点線になっているのは、ベーレンライターもプライトコップ新版も同じ。297小節の弦楽器のトリルは、従来版と違い、ベーレンライター版もブライトコップ新版もスラーがありません。
 
さて、問題の330小節。ブライトコップ旧版は、ティンパニのみffからpへのディミヌエンド。ブライトコップ新版では、コーラスを除くオケ全パートがffからpへのディミヌエンド。一方、ベーレンライター版は、コーラスもオケも全てffのまま。前号で私は、神への全身全霊の叫びとしてベーレンライター版のffを支持しましたが、いろいろ考えると、ブライトコップ新版のオケ全体でディミヌエンドという設定が適切ではないかと考えを改めました。その理由は、次のふたつです。
 
①ベーレンライター版のようにffでフェルマータで330小節を終了した場合、会場にAとF音の響きが残りすぎ、331小節からの行進曲(Marcia)を開始するのに間をあける必要がある。しかしフェルマータの次には休止はなく演奏が不自然になる。
 
②ベートーヴェンがこの曲の初演時、手書きでオケ全般をディミヌエンドするように指示し、手書きで楽譜に書き込んだ。その書き方が、ティンパニの行の直ぐ下に松葉記号を書いた。当時のスコアは、上段から弦楽器、管楽器、そして打楽器と併記されていた。現代は、ご存知のとおり、木管・金管・打楽器、そして下段に弦楽器という楽譜の並びである。つまり、ベートーヴェン本人が、オケ全体にディクレシェントを意味して、省略形で最下段に松葉記号を追加したつもりが、出版社が現代の楽器順に並べなおして印刷した際、ティンパニのみの指示と勘違いしたという説である。そうだとすると、ブライトコップ旧版をはじめとする従来版で、ティンパニのみffからpへのディクレシェントという記述が誤りであると理由がつく。
 
事実、堤氏は、12/25のロイヤルチェンバーでは、ベーレンライター版の指定どおりオケは全てffとしたため、331小節の行進曲に入るのに、生理的欲求としてのゲネラルパウゼがあったのは事実。12/27の静響とのプライトコップ新版で、堤氏はオケ全体をディミヌエンドしたことにより、安心して331小節からの行進曲に入れたと後日コメントしていた。
 
続くAllegro assai vivaceの行進曲(alla marcia)のテンポ設定も議論を呼ぶ部分です。前号にも書きましたが、ベートーヴェンは、付点四分音符=84と指定しなからも、初演時ひとつ振りで、あたかも、付点二分音符=84のように指揮したらしい。初演を聴いたベートーヴェンの甥っ子の手紙で明らかになったことです。そうだとすると、655小節からの二重フーガの付点二分音符=84との関連性が明確になるのは事実。この部分、ベーレンライター版のみ付点二分音符=84と既定しており、それ以外は、ブライトコップ新版でさえ、付点四分音符=84となっいています。このブライトコップ新版に関して、12/29に東京ニューシティ管弦楽団をプライトコップ新版にて東京初演を指揮する内藤彰氏は、同楽団のホームページで、一番大きな修正点として「中間部の行進曲のメトロノームテンポが、付点2分音符=84正しいと結論づけたこと」が、ブライトコップ新版の最も優位な点と上げていますが、あれっ、これ間違ってません???
 
655小節からのニ長調のダブル・フーガでは、昔ワインガルトナーが、トランペットの休符部分に音を追加して主題を強化したりもしてました。今は、さすがに原譜どおりの演奏が主流です。
 
851小節からの二分音符=132の指定では、ベーレンライター版は、Prsetoの表記ですが、ブライトコップ新版も他版もPrestissimo指定。メトロノーム設定は同じでも、音楽の雰囲気は若干変ります。916小節のMaestosoは、ベーレンライター版もブライトコップ旧・新版とも、♩=60ですが、ここを6つ振りで倍の遅さの♪=60のような演奏が多いです。これは、ワインガルトナーの提言がまかり通っていたからでしょう。920小節からのPrestissimoは、ブライトコップ新版にはメトロノーム指定がありませんが、ベーレンライター版には、全音符=88と記述されています。このテンポ指定は、第一楽章の♩=88と連鎖性が見えます。
 
 
以上の考察から、私の個人的結論は、ベーレンライター版を基調として、第一楽章はブライトコップ版の随所に登場するsf表記を尊重し、第四楽章330小節のフェルマータは、ブライトコップ新版のオケのみディミヌエンドする形式を原点とする。もちろん、第二楽章の中間部Prestoは、ベーレンライター版のとおり、全音符=116にする。加えて、オケの音のムラを排除するために、第二楽章では、邪道かもしれないが、練習番号G以降、何箇所かフルートと弦楽器を記譜よりオクターブ上げて演奏させる。これが、平井バージョンです。
 
大晦日の昼頃から書き始めて、気が付いたら、もう午後7時過ぎ。テレビでは、アシュケナージ指揮が指揮するN響のタイソウな<第九>が始まりました。
 
 
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コメント / トラックバック5件

  1. ヨーガ

    明けましておめでとうございます。相変わらずのクラシックへの愛情、今年もご活躍をお祈りいたします。

    2006年1月1日 12:09 AM

  2. Yasufumi

    ヨーガさん、明けましておめでとうこざいます。今年ともうぞ宜しくお願いいたします。

    2006年1月1日 12:41 AM

  3. amabile

    Cello-hiki さんあけましておめでとうございます!昨年末からたっぷり第九を楽しませていただきました♪細かな解説、記事の量に感動!熱い想いをひしひしと感じます(*^。^*)今年も音楽の話や食の話楽しみにしております!今年もステキな年でありますように(●^o^●)

    2006年1月1日 3:09 AM

  4. Unknown

    あけましておめでとうございます。第九・・・私なんてぜいぜい年末のN響のTVを聴きながら(見ながら)、「今年も終わるね~」ってシミジミする程度でございます。あとお気に入りのソロを聴いて「フンフン、やっぱりいいねぇ」って感じかしら・・・(^^;)Cello-hiki さまのブログと家にある音友社のスコアを見ながら勉強させていただきます。m(_ _)mぺこり今年もブログ楽しみにしていますね。よろしくお願いします。

    2006年1月1日 11:31 AM

  5. Yasufumi

    しまさん、今年もよろしくお願いします。ホルンも頑張ってくださいませ。

    2006年1月2日 12:37 AM

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