番外編:の楽譜について ベーレンライター版 vs. ブライトコップ新版
Microsoft presents ロイヤルチェンバーオーケストラ 第九演奏会-その3
前号で書いたように、今回は、使用楽譜にこだわりました。新ベーレンライター版に準拠し、シェフ堤俊作氏のこだわりの快演。昨年の同オケ定期演奏会でのベートーヴェン交響曲第7番イ長調作品92で、古典派ベートーヴェン解釈に更に自信をつけた堤氏。同曲をRCOのヨーロッパ・ツアーのメイン・プログラムに据えたほどです。今回は、この延長線上で、より深くベートーヴェンの交響曲の古典的構造と、厳格なる色彩を巧みな棒でリードしていました。
それでは、「音楽の友」誌の演奏会批評風に、振り返ってみましょう。
第一楽章:
第二楽章:
Adagioで、♩=60の指定よりやや遅い♩=56くらいだったろうか。それでも、往年の巨匠は、♩=30-40の中間くらいのテンポだったので、速く感じる。老人の歩みではなく、天国から降り注ぐ愛の光のような流れのある進行。ところで、どの楽譜を見ても、♩=60という指定なのに、それじゃこれまでの演奏は嘘っぱちか! これこそ、ワインガルトナーの弊害であろう。その後に続くAndanteの♩=63はほとんどテンポに変化はない。ブラームスなら、アダージョからアンダンテに変ると大きくテンポ設定を変えるべきだろうが、ここは、古典のベートーヴェンを貫く。98小節4拍目の弦楽器の3連符処理では、Retenutoもかけず、淡々と祈りの音楽を前へ進めるシェフの技が光った。
4人の独唱も合唱も第一楽章から舞台に座っているのでそのまま、第四楽章に突入。有名なチェロとコントラバスのレシタティーボは、歌舞伎の見得きりでもおやじ演歌でもない、インテンポ。インテンポの中で、ベートーヴェンの苦悩を表現した低弦パートにブラボー。14-15小節のB音のスラーはなし。このスラーを切って演奏したCDは聴いたことがない。同様に27小節の第3音は、A音ではなくG音に変更。これは、新ベーレンライター版の注釈に記載されている音形。デビッド・ジンマンのCDは正にこれと同じです。Allegro assaiに入って、むやみに低弦のテーマをpで音量を落とすのではなく、しっかりとテーマの歩みを創る。どことなく朝比奈隆の芸風を思い出した。
Microsoft presents ロイヤルチェンバーオーケストラ 第九演奏会-その2
「日本の年末の風物詩となった<第九>。12月ともなると全国で数多くの<第九>コンサートが開催される。近年は、愛好家が合唱で参加するようなイベント的<第九>も人気があるようだ。主要プレイガイドでチケットを販売している関東地区の主要ホールだけでも、この12月に53回の<第九>コンサートが予定されている。欧米の年末でと言えば、「くるみ割り人形」のバレエ観劇か、ヘンデルの「メサイア」のコンサートが多いが、日本では、何故か<第九>なのである。日本人の肌によっぽど合っているのだろう。一説によると、欧米のオーケストラ団員が生涯かかって演奏する<第九>の回数を日本では、1年で演奏するとか。
海外では、<第九>は特別なものと考えられているようだ。フランコ独裁政権に反対し続けたスペインの偉大な音楽家、チェロの神様のパプロ・カザルスの夢は、この<第九>を平和のメッセージとしてスペインで演奏することだった。この夢は、1992年のバルセロナ・オリンピックの開会式まで実現しなかった。また、ベルリンの壁が崩壊した1989年の12月25日には、指揮者レナード・バーンスタインにより東西ドイツの演奏家を集めて<第九>が演奏された。まさに、人類愛というベートーヴェンがこの曲に託した思いを込めた演奏である。
ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770年12月16日~1827年3月26日)は、9曲の交響曲を作曲した。最高峰と位置づけられる第9番には第4楽章にシラーの詩「歓喜に寄せて」全27編からベートーヴェンが9編を選んだ合唱が付いている。これが、「合唱」もしくは、「合唱付」と呼ばれる所以である。なお、最初のバリトン・ソロの「おお友よ…」の部分は、ベートーヴェン自身の作詞によるもの。
実際に合唱は加わるのは、全曲70分近くの中で20分弱。どうしても、この歓喜の歌に注目が集まるが、それまでの3つの楽章も素晴らしい。不安気な6連符で始まり、強い意志を表現した第1楽章、通例の緩徐楽章の代わりにスケルツォを置いた第2楽章、天国に導かれるような第3楽章。これらがあってこそ、終楽章の歓喜の歌が響きわたるのである。
指揮者の堤氏は、4人のソリストもコーラスも第1楽章から舞台に配置する。これは、第4楽章だけが特別ではない、オーケストラは合唱の伴奏ではなく対等だという意味であろう。以前堤氏は、名指揮者イーゴリ・マルケヴィッチが1983年に出版した改訂版を使用することが多かった。このマルケヴィッチ版で演奏した堤氏の<第九>は、なかにし礼訳の日本語で歌うという興味深い企画で現在もCD化されており、ロイヤルチェンバーオーケストラ「第九」CDもこのマルケヴィッチ版で発売されている。
今回の使用楽譜は、新ベーレンライター版に準拠したものである。例えば、旧プライトコップ版をはじめとする諸版で常に疑問視された第4楽章330小節のティンパニ。昔は、ffからpへのディミニュエンドなのかffのアクセント表記なのかと物議を呼んでいたが、当版では、すっきりとffのままだけとなっている。これ以外にも細かいアーティキュレーションの違いはあるが、どの楽譜であろうと、あくまで堤氏の独自のベートーヴェン解釈を楽しんでいただきたい。
ベートーヴェン指定のメトロノームにこだわる堤氏の<第九>。昔、CDという録音媒体が世に出た時、マエストロ・カラヤンは、この<第九>が1枚のCDに収まるだけの録音時間を主張し、初期のCDの記録時間は74分になったという逸話がある。当時の<第九>演奏は、そういうテンポで演奏されたのだった。今宵の堤氏は、引き締まったテンポ感で、全ての指定の繰り返しを入れても60分前後ではないだろうか。
古典的にヴァイオリンを左右に配置するところから主張するロイヤルチェンバーオーケストラが、新進の合唱団、東京ジングフェラインと、個性豊かな4人のソリストと共に、どんなベートーヴェンを聴かせてくれるのか。他のオケでありがちなお餅代稼ぎのお仕事気分、ただ賑やかなだけのお祭り気分の<第九>演奏でない、手垢のついていないベートーヴェン演奏の原点を聴かせてくれることは確かであろう。何か新しい発見を期待できそうな予感がする今宵である。」
Microsoft presents ロイヤルチェンバーオーケストラ 第九演奏会-その1
「ジュゼッペ・ヴェルディ(1813年10月10日~1901年1月27日)は、イタリアを代表するオペラ作曲家として今も多くの人に親しまれている。その代表作、「アイーダ」は、スエズ運河が開通した1869年、それを祝って建築されたカイロの歌劇場のこけら落としのために作曲された。エジプト古代のファラオ王国の栄光の時代を舞台としており、エチオピア王女の身分を隠しエジプト王女アムネリスに仕える主人公アイーダ、その祖国を征討するための指揮官に選ばれたラダメスの3人の悲しい愛の物語である。オペラ公演で通常演奏されるのは、4分足らずの前奏曲であるが、本日はより構成の大きなドラマテックな序曲をお聴きいただく。これは海外で、<アイーダ・シンフォニア>と呼ばれているもので、演奏の機会も多い。日本では、1982年4月に堤俊作氏が東京シティ・フィルで初演して以来のプロ演奏での再演と記憶する。CDは、クラウディオ・アバドのミラノ・スカラ座管弦楽団とのレコーディングもあったが、残念ながら現在廃盤で、リッカルド・シャイーがミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団を振った1枚のみが現在発売されている。なお楽譜は、ローマのBoccaccini & Spada社から出版されている。」